今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語(70)

未来に語り継ぎたい名馬物語(70)
地方所属馬初のJRAGⅠ制覇
メイセイオペラに注ぎし喝采
文 = 井上オークス

今月の立ち読み

ダート競走の整備や地方交流競走も盛んに行われるようになった1990年代。
99年のフェブラリーステークスを制し、歴史の扉を開いた“水沢の雄”の軌跡を辿る。


オーナーの死、自らの
危機を乗り越えた先に

 テラミスという栗毛の牝馬がいた。父はタクラマカンで、競走成績は岩手競馬で13戦2勝。非常に地味なプロフィールに加えて、気性が激しいと来た。しかしテラミスを所有する小野寺良正オーナーは、「なんとかお母さんとして余生を送らせてあげたい」と考え、繁殖牝馬として受け入れてくれる牧場を探し回って、北海道は平取町の高橋啓牧場に行きついた。

 2年目の交配相手として選ばれたのが、グランドオペラという種牡馬。ニジンスキーを父に持つ良血馬だが、競走成績はイギリスで1戦0勝。リーズナブルな種付料が決め手だった。

 1994年6月6日、母テラミスによく似た栗毛の男馬が誕生した。2歳の春、岩手県は水沢競馬場の佐々木修一厩舎に入厩。小野寺オーナーの冠名「メイセイ」と父の名を組み合わせて、“メイセイオペラ”と名づけられた。

 96年7月27日、盛岡競馬場。メイセイオペラはダート1000㍍のデビュー戦を鮮やかに逃げ切った。小野寺オーナーは明子夫人に伝えた。

「もしかしたら、夢が叶うかもしれない」

 ところが――メイセイオペラのデビュー勝ちから1カ月後に、小野寺オーナーが急逝してしまう。メイセイ=明正は、夫婦の名前を組み合わせた冠名。明子夫人は夫の夢を継いで、オーナーを続けようと決めた。

 2戦目以降は敗戦が続いたが、2歳の終わりに3連勝。年の瀬の白菊賞で初めてコンビを組んだ菅原勲騎手は、「バネがあって動きはいいけど、華奢な馬だな」と感じた。

 3歳になったメイセイオペラは、東北ダービー(新潟)や不来方賞(盛岡)を圧勝し、破竹の9連勝をやってのけた。もう、東北の3歳に敵はいない。陣営は先代オーナーの「岩手から中央競馬に挑戦して勝ちたい」という夢を叶えるべく、10月のユニコーンステークス(東京)に狙いを定めた。順調に調整を進めていた矢先に、アクシデントが起きる。

 97年9月23日、水沢競馬場。午前3時、コースで調教をつけていた柴田洋行厩務員の元へ、同僚が血相を変えて飛んできた。「早く厩舎に戻れ!」と言われ、急いで佐々木厩舎へ向かうと――メイセイオペラが洗い場に繋がれて、鼻から大量に血を流しながら、ガタガタ震えている。ハタチの柴田厩務員は、担当馬の痛ましい姿を見て言葉を失った。朝一番に馬房を覗いたときは、なんの問題もなかったのに……。

 診断は「前頭骨の骨折」。鼻血は1週間も止まらず、飼い葉を食べられなかった。右目の上が酷く腫れた。横になった状態から起き上がるときに、頭を馬房のどこかに強くぶつけたようだ。ユニコーンSの1週前追い切りをするはずだった朝に起きた、不可抗力の事故。柴田厩務員は祈る想いで看病した。

 不幸中の幸いで、脚元は無傷。視力に影響がないこともわかった。怪我から3週間後には、コースで調教できるところまで回復。復帰戦は11月のダービーグランプリ(盛岡)で、2番人気に推されるも10着に敗れた。11月のスーパーダートダービー(大井)にも挑戦したが、ここでも10着に沈んだ。

 97年12月31日、水沢競馬場。メイセイオペラはファン投票1位で、グランプリレースの桐花賞に出走した。そして並み居る古馬を撃破して、復活を果たした。菅原騎手は大きなガッツポーズで、みんなの喜びを表現した。柴田厩務員は思わず涙した。厩舎の仲間に助けられ、凄惨なアクシデントを乗り越えて勝てたことが、心底嬉しかった。あまりにも嬉しくて、メイセイオペラに跨って記念写真を撮ってもらった。

強力なライバルを相手に
地元でこだました大歓声

 98年1月、明け4歳のメイセイオペラは、川崎記念に挑戦。先行して4着という結果は健闘と言える。しかし菅原騎手は、勝った船橋のアブクマポーロの強さにショックを受けた。これほど凄い馬がいるとは……。

 岩手競馬が冬のオフシーズンに入ると、メイセイオペラは福島県のテンコー・トレーニングセンターへ向かった。歴戦の疲れが癒えると、坂路調教に精を出した。当時、坂路で鍛えられる地方馬はほとんどいなかった。

 春、水沢競馬場に帰ってきたメイセイオペラを見て、菅原騎手は驚いた。トモに筋肉がついて、体全体もひとまわり大きくなり「これほど成長する馬は珍しいぞ」と思った。

 柴田厩務員も、「馬ってこんなに変わるんだな」と目を見張った。肩まわりの筋肉といい、お尻まわりの筋肉といい、別馬のようにたくましく進化している。

 5月のシアンモア記念(水沢)で演じた6馬身差の圧勝劇も、菅原騎手を驚かせた。体だけでなく精神面も成長して、「いよいよ本当のオープン馬になったな」と感じた。


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