今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語(65)

未来に語り継ぎたい名馬物語(65)
新時代の幕を開けたダービー馬
ジャングルポケットが築いた礎
文 = 村本浩平

今月の立ち読み

21世紀の生産・育成を牽引するノーザンファーム出身のジャングルポケット。
今から20年前のダービー馬の歩みは、名門牧場にとって貴重な財産となっている。


 ノーザンファーム早来で調教主任を務める横手裕二にとって、初めて接したダービー馬はフサイチコンコルドだった。それはまだ、ノーザンファームが社台ファーム早来から名を変えて間もない時代である。

 当時、育成スタッフだった横手は、フサイチコンコルドに騎乗してはいなかったものの、併せ馬の相手に騎乗しながら、その凄さを感じ取っていた。ダービーではそのフサイチコンコルドの馬券を購入。払戻金で購入した写真パネルは、今でも横手の自宅に飾られている。

 次に横手が接したダービー馬は、ノーザンファームとして初めてダービーを制したアドマイヤベガだった。入厩前に騎乗の機会が与えられたが、これまで感じたことのないような上質の乗り味をしていたという。それがダービー馬の背中であったことは、何事にも代えがたい経験となった。

 その後、厩舎長となった横手が、管理した初めてのダービー馬がジャングルポケットである。3頭の中では最も関係性の深いダービー馬にもかかわらず、「当時の印象としては、ごく普通の馬でした。しかも、育成中に自分がニューマーケットへ研修に行かせてもらったこともあって、深く関わったのは乗り出しからの数カ月だけであり、帰国した時には既に退厩した後でした」と意外なエピソードを明かす。

「伝説の新馬戦」に勝利し
同世代のライバルが出現

 横手がノーザンファーム早来で育成を任せられて2年目、厩舎に父トニービン、母ダンスチャーマーの牡馬が入厩してきた。

「近寄ると舌を出すあたりが、トニービンの仔らしいと思いました。コースに出てみると、ガチャガチャした走りながら乗り味がいいのも、父の特徴が出ていると思いました」

 ただ先述した通り、次の年の3月から約5カ月ほど、横手はニューマーケットに研修へと旅立つ。次にジャングルポケットの姿を見たのは、帰国後に札幌競馬場で行われた新馬戦だった。

 その新馬戦は、出走した8頭全てが勝ち上がっただけでなく、2着のタガノテイオーは東京スポーツ杯3歳S(当時のレース名、以下同)を勝利。そして5着のメジロベイリーは朝日杯3歳Sを優勝するという、「伝説の新馬戦」ともいうべき、非常にハイレベルなレースだった。

 札幌3歳Sでもタガノテイオーを下して重賞勝ちを収めたジャングルポケットは、横手厩舎へと戻ってくる。その時から「ごく普通の馬」は、次の年のクラシックを狙う馬と位置づけられていた。

「レースを経験したからか、乗り難しい馬に変わっていて、調教では当時の調教主任が常に騎乗していました。ただ、掻き込みの強さもあってか、この頃から蹄を潰しがちで、その管理に気を使っていました」

 牧場で2カ月ほど調整された後に、栗東へと戻ったジャングルポケットは、ラジオたんぱ杯3歳Sに出走する。このレースで1番人気に推されていたのが、ここまで2戦連続してレコード勝ちのクロフネだったが、そのクロフネもまた、横手厩舎の管理馬だった。

「クロフネには入厩する前に跨る機会がありました。一言でいうと凄い馬。完歩が大きすぎて、普通のキャンターにならなかったですし、速い調教だと、手綱を抑えられないような手応えさえありました」

 だが、その2頭に立ちはだかったのが、この後、無敗で皐月賞を勝利するアグネスタキオンだった。横手はニューマーケットでの研修時、ともに来ていた社台ファームのスタッフから、その評判を耳にしていた。

「その年にはアグネスフライトもダービーを勝っていましたし、次は弟かと思いながらレースを見ていました。悔しいというよりも、あの差を縮めるためにどうしたらいいのかを考えていました」


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