今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語(52)

未来に語り継ぎたい名馬物語(52)
史上初めて日米で女王に戴冠
シーザリオとホースマンの夢
文 = 平松さとし

今月の立ち読み

3頭のGⅠホースを出した名繁殖牝馬・シーザリオ。
彼女は現役時代にも、史上唯一の日米オークス優勝馬として名を残す。
彼女のキャリアを、かの地を夢見た男たちの情熱とともに回想する。 (文中敬称略)


 1999年、プリモディーネで桜花賞を制した福永祐一。自身初のGⅠ制覇に酔いしれる間もなく、翌週に落馬。大怪我を負い、長期の休養を余儀なくされた。
 徐々に怪我が癒え、リハビリを開始。体を動かせるようになった初夏にはフランスへ飛んだ。当時、凱旋門賞に挑戦するためにかの地に遠征していたエルコンドルパサーが、サンクルー大賞(G1)を勝利するシーンに立ち会い、手綱を取った蛯名正義の勇姿を見て、思った。
「格好良いなぁ……」

 その翌年の2000年、同じヨーロッパでもイギリスに渡っていたのが角居勝彦だ。技術調教師となったその年、森秀行厩舎の遠征に帯同していた。アグネスワールドがジュライC(G1)を勝つ場面を目の当たりにして、思った。
「いつか自分も海外で大レースを勝ちたい」

 5年後。
 2人はアメリカにいた。現在は廃止されてしまったハリウッドパーク競馬場。ロサンゼルス国際空港のすぐ近くにあるその競馬場で、シーザリオと共に、G1アメリカンオークスに挑もうとしていた。

2頭のお手馬を抱えた
福永が貫いた自分の信念

 父スペシャルウィーク、母キロフプリミエール。02年生まれのこの牝馬を、角居は当歳で目にし「バランスも格好も良い馬」という第一印象を抱いた。
 更に月日が流れた04年。1度は夏にデビューさせようとしたが、じん帯炎を発症。デビューが先送りされた。
 これが福永にとっては追い風となった。この年の暮れに行われた角居厩舎の忘年会で、壇上で挨拶をした福永は「今年は貢献出来ずに申し訳ありませんでした」と語った。
 これを耳にした角居。思った。
「悪いのはこちらの方。良い思いをさせてあげられなかった」
 その直後、この年のクリスマスにデビューする角居厩舎の馬の鞍上に福永が指名された。
 シーザリオだった。
 当時、角居厩舎の調教助手としてこの牝馬の調教をつけていたのが岸本教彦だった。彼は山内研二厩舎時代、桜花賞馬アローキャリーを育てた事もある腕利き。そんな男が「素直で走る」という印象を持っていた。
 また、岸本は偶然にも競馬学校時代、福永と共に過ごした時期があった。気心の知れた仲でもあり、シーザリオに対するそんな印象を福永に伝えた。
 新馬戦で正真正銘の初騎乗となったが、鞍上は岸本が言っている意味をすぐに理解した。
「初めて乗る馬に対しては、まず返し馬で口向きを確かめるのですが、シーザリオはそのあたりの問題が全くありませんでした。それどころか乗り心地も良くて、聞いていた通り“走る馬”だと感じました」
 現在では押しも押されもせぬ一流騎手となった福永だが、当時の実績はまだ一流とは言えなかった。先述のプリモディーネの他、エイシンプレストンとのコンビで香港のG1を席巻したとはいえ、GⅠ馬の背中を何頭も知っているというわけではなかった。しかし、そんな福永をしても「走る馬」と初めて跨った時に感じさせるほど、シーザリオは素晴らしい馬だったわけだ。


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