今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語(49)

未来に語り継ぎたい名馬物語(49)
最後まで走り抜いた緑の刺客
グリーングラスの生き様
文 = 広見直樹

今月の立ち読み

晩成血統のステイヤーが、初めて大舞台に上がった菊花賞。
伏兵評価ながら勝利し表舞台に上がると、以後は“TTG”対決で見るものの心を熱くした。
ライバル2頭がターフを去った後も輝いた、いぶし銀の軌跡を振り返ろう。


TTG時代。

この5文字で、即座に3頭の名馬の名を挙げ、その時代の雰囲気を思い出せるファンは、果たしてどれくらいいるだろう。少数ではないが、決して多数ではないと思う。

ただし、TTがテンポイントとトウショウボーイの頭文字、と言えば、リアルタイムで知らなくても「名前は聞いたことがある」「有馬記念での名勝負の映像を観たことがある」などと答える人も含めれば、多数派に迫るに違いない。

実際、本誌の読者アンケート企画「未来に語り継ぎたい名馬BEST100」では、テンポイントは14位。トウショウボーイは27位にランクされている。そして、この2頭に加えてG。今回の主人公、グリーングラスの3頭が凌ぎを削った1970年代半ばからの数年間をTTG時代と呼んでいる。

ハイセイコーブームで競馬がギャンブルの枠を乗り越え、より多くの人々が楽しめる娯楽として認知された直後、その流れを確実に加速させたという意味でも、TTGの出現はエポックメーキングな出来事だった。

少し前段が長くなってしまったが、前述のアンケートでグリーングラスは49位だった。時代を担った一角でありながら低い順位と思われる人もいるだろうが、派手に輝いた2頭に比べ、最後までいぶし銀の存在として舞台を盛り上げたグリーングラスらしい順位と言ってもいいかもしれない。

後のライバルに完敗、そして半年後の予想外のシーン

76年1月、3歳になったグリーングラスはデビュー戦に臨んだ。ここに至るまでのグリーングラスの評価は決して低くはなかった。いや、期待されていた、と言ったほうが正確だろう。調教で跨ったハイセイコーの主戦ジョッキー、増沢末男氏が「実戦でも乗らせてください」と申し出たという話からも彼の潜在能力の高さがうかがえる。

2番人気。相手が悪かった。同期生の中で、誕生からこの日まで、超大物として注目を集めていた馬がいた。

トウショウボーイ。

後に天馬と呼ばれる名馬と同じ土俵で争うには、この時期のグリーングラスには、まだ荷が重かった。結果はトウショウボーイに1秒6の差をつけられた4着。完敗だった。

ここからトウショウボーイは連勝を重ね、東の総大将として春のクラシックへ突き進んでいく。一方、西からも圧倒的な力を誇示するテンポイントが無傷で東上。TT対決の行方にファンの関心は高まっていった。

こんな状況の中、グリーングラスは完全に蚊帳の外に置かれていた。3戦目で未勝利を脱出。その後も勝ちきれない日々が続き、結局、6戦2勝という平凡な成績で春のシーズンを終えた。もちろん、皐月賞、日本ダービーには出走することも叶わなかった。

転機が訪れたのは、菊花賞を3週間後に控えた10月だった。中山競馬場で行われた「鹿島灘特別」。写真判定の末の際どい接戦を制し、ようやく3勝目を挙げることができた。

それでも菊花賞への出走は難しかった。獲得賞金が足りず、彼を上回る馬の回避が絶対条件だった。運を天に任せる。そして願いは通じた。上位馬の出走辞退による繰り上がりで、クラシック最終戦に名を連ねることができた。

TTG初めての顔合わせ。といってもグリーングラスに注目するファンや専門家はほとんどいなかった。12番人気という評価がそれを物語っていた。

皐月賞馬トウショウボーイ。二強を制して日本ダービー馬となったクライムカイザー。そして無冠に終わったテンポイントの3頭の争い。とりわけ、春は体調を崩し、悔し涙を流したテンポイントへの声援は“ホーム”という地の利もあり、ひときわ高かった。

発走時間になり、各馬のゲート入りがはじまったとき「天才トウショウか。根性のカイザーか。復活テンポイントか」という関西テレビの実況アナウンサー、杉本清氏の言葉がいまも記憶の中に刻まれている。

レースは先行したTTが、お互いに相手はこの馬と決めたようにマークをしあいながら進んでいった。それはゴールが近づく後半になっても変わらず、多くのファンは2頭が雌雄を決するレースだと思った。2頭と同じように先行し、黙々とインコースを走るグリーングラスに注目する者はいなかった。

直線、トウショウボーイが動いた。少し遅れてテンポイントが襲いかかる。ゴールまで200㍍、テンポイントが先頭に立った。ファンの大歓声の中、「テンポイントだ、テンポイントだ。それ行け、テンポイント。鞭などいらぬ!」という杉本氏の絶叫に興奮は絶好調に達した。

その直後だった。ぽっかりと空いた内らち沿いから飛ぶようにゴールを目指す馬がいた。グリーングラスだった。並ぶ間もなくテンポイントを抜き去り、2馬身半の差をつけて優勝。この予想外のシーンを目の当たりにしたファンは言葉を失った。

これがTTG時代の幕開け―。いや、まだ彼の勝利は“フロック”という見方が圧倒的で、しばらくはTT時代が続くことになる。


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