今月の立ち読み

競走馬時代プレイバック ディープインパクト

競走馬時代プレイバック
ターフを飛んだ英雄 伝説となりし2年間
ディープインパクト
文 = 島田明宏

キャリアの絶頂期を迎えようとしていた天才が、ずっと探していた稀代の最強馬。見る者を、そして日本の競馬史上最高の騎手をも魅了した特別なサラブレッド、ディープインパクト。その競走馬生活を改めて振り返る。※2015年3月号「未来に語り継ぎたい名馬物語 ディープインパクト」を加筆・修正しています。

今月の立ち読み

「本当に特別な馬でした。ぼくにとって、ヒーローみたいな馬でした」

 2019年7月30日に世を去ったディープインパクトについて、主戦騎手をつとめた武豊はそう話した。

 特別な馬――。この短い言葉のなかに、武のディープへの愛情、敬意、全14戦でともに戦い抜いたことに対する感謝、敗れた2戦の悔しさ、そして別れの寂しさなど、さまざまな思いがこめられている。

 武が初めてディープの背に跨ってから、ラストランとなった06年の有馬記念まで2年強の時間が流れた。日数にすると740日。

 競馬場やトレセンにいるときはもちろん、自宅でくつろいでいるときも、車を運転しているときも、ふとディープの姿が浮かんできたという。

「あの馬のことが、ずっと頭のなかにありました」

 そう振り返る濃密な時間が始まったのは、04年12月15日、新馬戦に向けた追い切りからだった。

一流の古馬を評するかのような
2歳時からの期待

 前年の03年、武は「不可能」と言われていた年間200勝を初めて突破する204勝を挙げ、この04年も最終的に211勝という驚異的な勝ち鞍をマークする。デビュー18年目、35歳になっていた。日本の競馬史上最高の騎手がキャリアの絶頂期を迎えようとしていた時期に、史上最強と言われる稀代の名馬に出会ったのだ。

 武がほとんどすべての最速、最年少記録を更新し「天才」と呼ばれるようになったのは、卓越した騎乗技術もさることながら、馬の能力と個性を瞬時に感じ取り、それに合わせた騎乗で結果を出してきたことによる。追い切りで併せた相手を楽に突き放したディープは、そんな彼の高感度センサーが振り切れるほどの可能性を感じさせた。

 ――来年はとんでもないことになるぞ。

 と、確信に近い予感を得た一方で、スピードがありすぎることが気になった。新馬戦を勝つためだけならスピードを活かす競馬をしてもいいのだが、我慢の利かない逃げ馬になってしまうと、翌年のクラシックを勝てなくなる。そこで彼は、位置取りにはこだわらず、自分のリズムだけを大切にして走らせた。その結果が、軽く仕掛けただけで先行馬を抜き去り、2着に4馬身差をつける圧勝劇だった。

 翌週、この月になし遂げた海外通算百勝をテーマにしたインタビューの終わりぎわ、彼が言った。

「来年の楽しみな一頭を挙げるとしたら、先週デビューしたディープインパクトです。覚えておいてください」

 訊かれたわけではないのに、こんなことを言うのは珍しい。筆者が知る限りでは、スペシャルウィークで1997年秋の新馬戦を勝った翌週「楽しみな馬が現れましたよ」と話してくれたとき以来だ。

 スペシャルウィーク級の活躍が期待できそうかと訊いてみると、

「無事に行ってくれればね」

 と短く答えた。どんなよさがあるのか、という問いにはこう即答した。

「スピードが乗ってからの気持ちよさ」

 彼の口から初めて聞く表現だった。デビューしたばかりの2歳馬に当てはめるより、完成された一流の古馬を評する言葉のように思われた。このころからディープは、彼に、きわめて特別な魅力を感じさせていたのだ。


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