今月の立ち読み

[スペシャルリポート]アーモンドアイ

[スペシャルリポート]
華麗なる世界デビュー
アーモンドアイ
文 = 有吉正徳

今月の立ち読み

3月30日にUAE・メイダン競馬場で行われた
ドバイターフを快勝したアーモンドアイ。
驚愕のレコードタイムでのジャパンカップ制覇から、
この鮮烈な〝世界デビュー"に至るまでの
同馬と関係者たちの道程とは。

初めての海外遠征に向けて
様々なリスク管理が施された


 およそ8000㌔離れたメイダン競馬場でも、アーモンドアイの強さは日本にいる時と変わらなかった。

 残り約300㍍。アーモンドアイが馬なりのまま先頭に躍り出た。6カ国・地域から集まったライバル12頭とのドバイターフの戦いは、その時点で勝負あり、だった。

 2年前のこのレースの覇者である、日本のヴィブロス、そして英国のロードグリッターズが懸命に追いすがろうとするが、差は詰まらない。ヴィブロスに1.25馬身差をつけたところが栄光のゴールだった。鞍上のクリストフ・ルメール騎手はステッキを持った右手で力強くガッツポーズをつくった。

 1分46秒78はドバイデューティーフリーの名称で行われていた時代を含め、メイダン競馬場で行われた過去10回の中で3番目の好タイム。2007年のアドマイヤムーン、14年のジャスタウェイ、16年のリアルスティール、そして17年のヴィブロスに次いで日本調教馬として5頭目の優勝馬となった。

 18年のJRA賞年度代表馬は世界デビューを白星で飾った。桜花賞、オークス、秋華賞、ジャパンカップ、そしてドバイターフと前哨戦を挟むことなくGⅠレース5連勝。日本調教馬の海外G1制覇は36度目のこととなり、17年4月のネオリアリズム(香港・クイーンエリザベスⅡ世カップ)の後続いていた日本調教馬の敗戦もストップした。

 国枝栄調教師はコース脇で見守っていた。大型ディスプレイに映し出されるアーモンドアイの動きを目で追った。「うまく外に出したところで勝てると思った。負担のかからないレースしてくれた」。7番枠からスタートしたアーモンドアイは200㍍を過ぎたあたりで馬群の外側にポジションを取った。目の前にさえぎるものはなく、いつでもスパートできる位置だった。

 アーモンドアイにとってデビュー8戦目にして初めての海外遠征だった。国枝調教師を指揮官にする「チーム・アーモンドアイ」は経験と知識を結集させた。遠征に向けて細心の注意が払われ、徹底的なリスク管理が施された。

 2分20秒6という驚異的なレコードタイムでジャパンカップを制した後、すぐにドバイ遠征が決まった。いつものようにレース後は福島県にあるノーザンファーム天栄に移動し、レースの疲れをいやし、回復後は、次に向けてトレーニングを進めた。

 年が明けた2月22日、アーモンドアイは茨城県の美浦トレーニング・センターに戻ってきた。およそ2カ月半の休養と充電で体重は490㌔台になっていた。ジャパンカップ出走時は472㌔。20㌔あまりの増量だった。

 この体重増もリスク管理のひとつだ。航空機輸送で心配されるのが大幅な体重減だ。離着陸時にかかる負担などから体重を減らし、体調を崩してしまうケースもある。少し余裕を持たせた体で遠征に備えた。

 3月6日、ルメール騎手が美浦に駆けつけ、アーモンドアイの追い切りに騎乗した。ジャパンカップ以来久しぶりに感触を確かめたルメール騎手は「彼女は自分の仕事がわかっています。バランスがよく筋肉も大きくなっていました」と手応えを感じたようだ。1週間後の13日にも再びアーモンドアイの手綱をとり、追い切った。

 この調教を終えた後、出国のための輸出検疫に入った。ふだんは大勢の「厩舎仲間」と暮らしているが、ほかとの接触が禁じられるため環境はがらりと変わる。海外遠征の第一関門といえる。そこで工夫したのが検疫にキングスヴァリューを同行させることだった。同じ国枝厩舎に所属する4歳牡馬。アーモンドアイと同じくシルクレーシングが所有する。性格の穏やかなキングスヴァリューが近くにいることで精神的な安定をはかった。

 それでも検疫期間中は食欲を落としたという。ふだんは1日に6升ほどの量の飼い葉を食べるのだが、4升あまりまで減ったことがあった。

 20日、検疫を終え、成田空港に向かった。


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