今月の立ち読み

「2018年の蹄跡」アーモンドアイ

「2018年の蹄跡」
次に歴史を刻む場所
アーモンドアイ
文 = 有吉正徳

今月の立ち読み

 あの日を境にアーモンドアイの立ち位置はがらりと変わった。

 2018年11月25日、東京競馬場の電光掲示板に「2:20.6」の数字とともに「レコード」の文字が赤々と浮かび上がった。1981年の第1回で米国の5歳牝馬メアジードーツがレースレコードをマークして以降、常に芝2400mの日本レコードはジャパンカップで外国馬によって更新されてきた。38回目にして初めて、日本馬が新記録でジャパンカップを制した瞬間だった。

 それも英国馬アルカセットの持つ2分22秒1を13年ぶりに1秒5も短縮した。史上5頭目の牝馬三冠馬は、秋華賞からわずか1カ月半後に現役最強馬といってもいい存在へと変身を遂げた。

 アーモンドアイを管理する国枝栄調教師はいう。「ジャパンカップは持っている100の力をすべて出し切ってくれたレースだった。体もできていたし、競馬も一番いい形。距離のロスなく走った。すべての条件がそろったら、これぐらいの走りをしてくれると思っていました」。

さまざまな課題を抱えながらも
すべてクリアしてみせた春の3戦

 ジャパンカップがアーモンドアイの2018年の集大成だとすれば、そこに至るまでの4戦はひとつひとつの弱点を潰し、滑走路から飛び立つための助走だったのかもしれない。

 初戦は1月8日、京都競馬場で行われたシンザン記念だった。デビュー2戦目で初白星を挙げたアーモンドアイにとっての3歳初戦。前年10月のレースから、ちょうど3カ月ぶりの実戦となった。

 騎乗停止中だったC.ルメール騎手に替わって手綱を取ったのは戸崎圭太騎手。スタートで後手に回って、後方を進むことになった。雨模様で水分を含んだ馬場は追い込みにくい状態だった。悪いことは重なる。1000m通過が1分1秒8というスローペースは、そこから急にペースが上がる。

 最後の3Fは12秒1―11秒7―11秒5とゴールが近づくにつれてスピードアップした。先行馬有利な展開を4コーナー9番手の位置取りから豪快に差し切ってみせた。関西圏への初遠征、3カ月ぶりの実戦、初コース、初めて経験する稍重馬場などいくつかあった課題を一度に克服してみせた。残った課題はスタートぐらいだった。

 前哨戦をステップに桜花賞へ向かうパターンが一般的だが、シンザン記念でさまざまな課題をクリアできたため、陣営は本番に直行することを選択した。

 桜花賞はぶっつけ本番がきかないことで知られる。春先の3歳牝馬の調整は難しさを伴うのだろう。前走からのレース間隔がもっとも開いた桜花賞馬は11年のマルセリーナだった。2月5日のエルフィンSで勝利を挙げ、中63日で4月10日の桜花賞に臨み、ここでも勝利を挙げた。

 アーモンドアイは1月8日のシンザン記念から4月8日の桜花賞まで中89日という異例のローテーションをたどることになった。

 終わってみれば、厩舎の先輩であるアパパネの持つ記録を0秒2更新する1分33秒1という桜花賞レコードで快勝。4コーナーで後方2番手から追い込んだ末脚は上がり3F33秒2。2着のラッキーライラックの34秒5を1秒3も上回った。

「きょうの僕はパッセンジャー(乗客)だった」と笑ったのはアーモンドアイの鞍上に復帰したルメール騎手だった。驚異的な末脚を繰り出したアーモンドアイの鞍上で、ルメール騎手は一度もステッキを使っていない。

 アーモンドアイは親孝行な娘だ。母フサイチパンドラが06年に14着に終わった桜花賞の雪辱を果たした。シンザン記念では初の重賞勝ちをもたらしたのに続き、父ロードカナロアに初めてのGⅠタイトルをプレゼントした。

 桜花賞に続いて出走したオークスでは二つの課題を抱えていた。距離2400mと短いレース間隔だ。

 父ロードカナロアは通算19戦13勝の名スプリンターだった。香港スプリントをはじめ1200mの距離で全13勝のうち11勝を挙げた。1位入線馬の降着による繰り上がりだったが、母のフサイチパンドラは2200mのエリザベス女王杯の優勝馬。母系にスタミナの不安はなくても、やはり父系の守備範囲には限界も感じさせた。

 もう一つのレース間隔は、アーモンドアイの性格に起因する不安だった。まじめを絵に描いたような性格で毎レース全力で走り切る。力の出し惜しみなどしない。だから消耗も激しい。デビュー以来必要十分な間隔をあけてレースに臨んできたのには、そんな事情もあった。

 桜花賞からオークスは中5週の間隔。アーモンドアイが初めて経験する短期間での連続出走だった。

 5月20日の東京競馬場。アーモンドアイはこれまでにない好スタートを切った。後方から馬群を前に見ながら走るスタイルから一変。向正面では6番手につける行きっぷりの良さを見せた。最後の直線に入るとルメール騎手がスパートを促した。騎手の指示に瞬時に反応するのがアーモンドアイの特長だ。アクセルを踏むと同時にエンジンの回転は上がる。

 残り400m付近でまずラッキーライラックをかわすと、前で粘るリリーノーブルに襲いかかった。ゴールではリリーノーブルに2馬身差をつけ、2分23秒8の好タイムで優勝した。勝ち時計はジェンティルドンナが12年に出したタイムに0秒2及ばなかったが、上がりタイムは逆に1秒0上回る33秒2をマークした。桜花賞から距離が800m延びたが、上がりのタイムはまったく同じだった。距離の不安も詰めたレース間隔もまったくの杞憂に終わった。


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