今月の立ち読み

特別対談

特別対談
ランフランコ・デットーリ & 武 豊
レジェンドたちの原動力
聞き手・構成 = 平松さとし

2019年は自身の年間最多G1勝利数を更新するなど活躍目覚ましいデットーリ騎手。ここでは、日本を代表するトップジョッキー、武騎手との特別対談をお届けします。

今月の立ち読み

――世界中の大舞台で顔を合わせているお2人。年齢は武騎手が少し上ですが、普段は何と呼び合っていますか?

武豊(以下、武) そうですね。2019年もアメリカのブリーダーズC、フランスの凱旋門賞、イギリスのロイヤルアスコット開催など、いろんな競馬場で一緒になりました。僕は彼を“フランキー”と呼んでいます。

デットーリ(以下、D) 僕は“ユタカ”かな。会えば必ず近況を話し合う仲ですよ。

アメリカやフランスのドーヴィルではジョッキールームのロッカーが近くなんです。何か大きなレースを勝った後なら「おめでとう」と声をかけるし、「あの馬はどんな感じ?」といったことを話しているよね。

そうそう。あとは僕が「この近くの美味しい寿司レストランを知っている?」って聞く事もある(笑)。

――初めてお互いを意識されたのは?

海外競馬のニュースは若い頃からよく見ていました。そこで、「イギリスでイタリア人の若くて凄いジョッキーが現れた!!」という記事を読んでいて、その後でジャパンCに来たジャンフランコ・デットーリ※1の息子だと知りました。実際に話をするようになったのはフランキーがヤングジョッキーズワールドチャンピオンシップ※2で来日した時かな?

その前にドラムタップスでジャパンCに騎乗(1991年に11着)しているんだ。その時、ユタカが人気馬(メジロマックイーンで4着)に乗っていたのは覚えているし、ウェルカムパーティーでも一緒になったと思うけど会話したかな? そのあたりは定かではないね。

30年近く前の話だから、お互い記憶が曖昧だね。ヤングジョッキーズの時は競馬以外の時間に、皆でわいわいやったのが楽しかったのはよく覚えているけど。

あぁ、あれは楽しかったね。ジョニー・ムルタやエドガー・プラードがいたね。日本のジョッキーではノリ(横山典弘騎手)やカツハル(田中勝春騎手)が面白かったなぁ。

フランキーは、来日前に日本の競馬のことは知っていたの?

父が乗ったジャパンCのビデオを500回は見たよ(笑)。画面が上下に二分されていて、一方は全体を映し、もう一方では馬群の一部がズームアップされていた。日本のテクノロジーの素晴らしさに感動したね。その他から情報はなかなか入手できなかった。インターネットが普及した、ここ15年くらいは日本の競馬も簡単に見られるようになったけど。でも、ユタカとは昔から世界中で顔を合わせていたね。ドーヴィルでも毎年会っていた。だから活躍ぶりは知っていたよ。

すこしタイムラグはあったけど、日本では海外の情報を得ることはできた。フランキーはヤングジョッキーズで来日した頃からすでに素晴らしかったけど、その後も僕はフランキーの騎乗ぶりに注目していたよ。アメリカならアメリカンスタイルで、ヨーロッパならヨーロッパの形で乗っているのを見て「さすがだなぁ」と思った。

ヤングジョッキーズの時は良い馬に乗せてもらえて勝つ事ができたからね。だけど、あの騎乗をきっかけにユタカに注目してもらえるようになったのは嬉しいね。

フランキーは4レースに騎乗して3勝したよね。しかも、あまり人気のない馬でも勝っていた。

ありがとう。今回、久しぶりに日本で乗って、その頃より日本馬の質は抜群に良くなっているし、ジョッキーも上手になっていて驚いた。できるなら毎年来たいけど、ジャパンCをヨーロッパの馬で勝つのはとても難しい時代になっちゃったよ。ジャパンCには乗りたいけど、なかなかチャンスは少ないかもね。

――お2人でジャパンCを7勝※3していますね。

僕はJRAの騎手だから、その分チャンスはある。だけど、フランキーの3勝は凄いですよ。それも全部、ハナ差勝ちというのは“持っている”。

いやいや、たまたま運良く全て勝てたけど、逆に全部負けていてもおかしくなかった。心臓に良くないよ。勝つならもっと楽に勝ちたい。ユタカだってそうでしょ(笑)。

――同世代で若い時から活躍されているお2人ですが、お父様が名ジョッキーだったという点も共通しています。また、デットーリ騎手はお母様も馬に乗られていたそうですね?

はい。母はサーカスで馬に乗っていました。立って2頭同時に乗るような曲乗りもできたんです。

へぇ~、そうなんだね。そういうバランス感覚がフランキーにも遺伝しているんじゃないかな?

そうかもしれない。母親はうつぶせに寝ながら足を肩まで回せた。そんな体の柔らかさは遺伝していると思う。父親に関しては僕のヒーローだったね。それはユタカも同じでしょう?

そうだね、父は憧れの存在。僕の騎乗にどうこう言われた事はほとんどなかったけど、乗っている姿はいつも見ていてくれた。そもそも父親が騎手でなければ自分自身ジョッキーになっていたかどうかも分からないからね…。

それは同じだね。僕の場合、6歳でポニーに乗って、8歳で大きめのポニー、11歳ではもう厩舎に通っていた。当時は今みたいに厳しくなかったから、12歳の時には現役馬でキャンターの調教に乗っていたね。それもこれも父親がいたからこそ進んだ道だったよ。

幼い時に父に憧れ、騎手になりたいと思ったので、他の道を考えた事はなかった。フランキーもジョッキーひと筋だったんだよね?

いや、僕はサッカー選手を目指した事もあったよ。サッカーの盛んなヨーロッパで育ったからね。それにもっと小さい時はなぜかガソリンスタンドの店員に魅了された事があったね。

ガソリンスタンドの店員!? 僕は、考えた事もなかったなぁ(笑)。

以前、雑誌で「小さい頃の夢をかなえる」企画があって、実際にスタンドの店員の格好をさせてもらった事があった。妻がガソリンを入れに来たドライバーに扮して、僕がガソリンを給油している様子を撮影したんだ。その写真は今も家の壁に貼ってある(笑)。


[ 原稿注釈 ]

  • ※1:ジャンフランコ・デットーリ
    1941年、伊国生まれ。伊国チャンピオンジョッキーに13回なったほか、英2000ギニーを2度制するなど、英国でも活躍。82~83年のジャパンCにも騎乗している。
  • ※2:ヤングジョッキーズワールドチャンピオンシップ
    92~96年に行われた国際若手騎手招待競走。世界で顕著な活躍をした騎手とJRA・地方の代表騎手12人によって争われたシリーズ戦。デットーリ騎手は92、93年に優勝している。
  • ※3:2人でジャパンCを7勝
    デットーリ騎手:96年シングスピール, 02年ファルブラヴ, 05年アルカセット
    武豊騎手:98年スペシャルウィーク, 06年ディープインパクト, 10年ローズキングダム, 16年キタサンブラック

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