今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語(39)

未来に語り継ぎたい名馬物語(39)
史上初となる天皇賞春秋制覇を果たす。
タマモクロスの眩い閃光
文 = 辻谷秋人

今月の立ち読み

初勝利は3歳の春だった。それから、同年秋に2勝目を挙げるまで6戦を要すも、そこから驚きの快進撃。3連勝で重賞を制し、その勢いのままGⅠ3連勝を含む8連勝を達成した。オールドファンの間では、オグリキャップとの激闘が今も語り草となっているタマモクロスの現役時代を振り返ろう。


 比喩ではなく「体が震える」レース、見るものの背筋を凍りつかせるレースがある。

 例えば、昭和62年の富士S。ジャパンCに来日したトリプティクが本番前に出走した、当時はまだオープン特別だったレースだ。

 トリプティクといえば、英愛仏でG1を9勝した世界的名牝だが、このレースではスタートから行き脚がつかず、馬群を追走することさえままならないように見えた。4コーナーでは完全に置かれてしまい、離れた最後方で直線に向かうことになってしまった。

 ところが、そこからが違った。まるでスイッチの入る音が聞こえるように走りが変わり、わずか100mほどで先行馬群をごぼう抜きにすると、さらに2着馬を5馬身ちぎり捨てて、最後は流し気味にゴールラインを越えていったのだ。

 見ているものの目には最後尾で直線に向いた次の瞬間に先頭に躍り出たように映ったため「トリプティクがワープした」とも、「日本競馬が世界を知った」瞬間であるとも言われたレースである。

 その伝説の「トリプティクの富士S」に比肩する驚きをファンに与えたのが、そのわずか3週間後に行われた鳴尾記念(GⅡ)だった。

 トリプティクはその名を知らない者のない名馬だったが、こちらの主役になったのは、とくに関東のファンにとっては「初めて名前を聞く」栗東所属の3歳馬だった。レースぶりだけでなく、その登場のしかたもまた、衝撃的だった。

3歳秋までは、2勝目が遠い
そんなどこにでもいる普通の馬

 タマモクロスのデビューは3歳の3月である。飼い食いが細く、調教師の小原伊佐美が「女の子みたい」と評した華奢な体つきで、しかも臆病なところもあり、競馬に使える状態にはなかなかならなかったのだ。

 この時期のデビューでは、よほどのことがない限り、春のクラシックには間に合わない。そして残念なことに、このときのタマモクロスに「よほどのこと」は起きなかった。芝2000mの初戦を7着、ダートに替えて臨んだ折り返しの2戦目が4着。いずれも前目でレースを運びながらゴール前で後続馬に交わされていくという、先の楽しみがあまり感じられない競馬だった。

 3戦目の未勝利戦で初勝利をあげたものの、4戦目は落馬で競走を中止し、春の競馬を終える。その後も手堅く着は拾うものの、2勝目が遠い。そんなどこにでもいる普通の馬だった。ようやく2勝目をあげたのは、10月になってからだった。

 ただし、この2勝目が「普通」ではなかった。デビュー以来、好走実績のなかった芝コースで、最後の直線で中団から抜け出すと、あれよという間に7馬身突き抜けたのだ。  平場の400万条件とはいえ、この勝ち方を見せられると、色気が出て当然である。何しろ着差だけでなく、勝ち時計2分16秒2は同日同距離で行われた菊花賞トライアル・京都新聞杯(GⅡ)のそれよりも速かったのだ。

 さらに続いて出走した同じ400万条件の藤森特別芝2000mを、8馬身差で圧勝する。このレースは、好位から早めに先頭に立って押し切るという堂々たる競馬だった。

 こうなると周囲も黙っていない。菊花賞に向けて「遅れてきた大物」「関西の秘密兵器」といった、メディアが大好きなフレーズがここぞとばかりに使われることになったのである。


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