今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語(47)

未来に語り継ぎたい名馬物語(47)
戦う場所を選ばない怪物
タケシバオーの気概
文 = 広見直樹

今月の立ち読み

距離体系が確立されて久しい日本の競馬で、珍しくなったオールラウンダー。
距離、芝・ダート、馬場状態…その全てを超越し、連勝街道を突き進んだ馬がいる。
そんな稀有なスターホースの存在を心に刻みたい。


 7月30日。突然逝ったディープインパクトの訃報に接したとき、数多くのマスコミを通して、私たちは「最強馬」という言葉を耳に、文字を目にした。

 まったく異存はない。彼はたしかに日本の競馬史上、誰もが認める最強馬だった。

 ただし、長く競馬を愛し続けてきたファンの多くは、リアルタイムで目撃し、ずっと忘れることのできない特別な馬がいる。まさに何年、何十年先でも語り継いでいきたい自分だけの「最強馬」。

 タケシバオー。

 この競走馬の名前を挙げる人は、多分、かなりの数、いると思う。

 半世紀前、彼は敬意を込めて怪物と呼ばれた。

 海外での2度の敗戦を除けば、27戦16勝。2着10回。3着1回。いまでいうGⅠレースの勝ち星は2つ。朝日杯3歳ステークス(現・朝日杯フューチュリティステークス)、天皇賞(春)。ほぼ100%の連対率は特筆すべきだが、戦績からは怪物をイメージすることはできない。が、その勝利の中身を知れば、彼の凄さを納得してくれるだろう。怪物と呼ぶことを許してくれるはずだ。

小さくて見栄えのしない
仔馬がクラシック三強へ

 誕生から幼少時代、生産に携わった関係者は彼に大きな夢は抱かなかった。小さくて見栄えのしない仔馬。これが彼への評価のすべてだった。

 父はチャイナロック。のちにリーディングサイヤーにもなる名種牡馬だが、この頃はまだ目立った産駒に恵まれず、血統面でも期待はされていなかった。

 200万円。当時としても決して高くはない価格で取引され、タケシバオーは競走馬としてのスタートを切ることになった。オーナーの小畑正雄は競馬専門紙の経営者で、競馬解説者としても活躍した人物だった。

 1967年、東京の三井末太郎厩舎に入厩。当初は400㌔そこそこの馬体だったが、海外から特別に輸入した飼料や馬の状態に合わせた入念な調教を施された結果、逞しく変身。6月のデビュー戦を迎えたときは460㌔にまで成長していた。

 ほとんど期待をかけられなかったタケシバオーは、着実にその存在をファンにアピールしていく。2着。2着。そして3戦目で勝ち上がり、続く4戦目で3着と、国内のレースでは最初で最後の連対を外すという彼にとっては“惨敗”を経験すると、屈辱をバネにするかのように連勝街道を突き進むことになる。

 4連勝を目指し出走した3歳馬(現表記・2歳)の総決算、朝日杯3歳ステークスで2着馬に7馬身の差をつけ圧勝。誰もが来年のクラシック最有力馬として認める存在になった。

 いまでは当たり前のように使われる“三強対決”。私の中ではタケシバオーの時代にはじめて耳にしたコピーだった。

 アサカオー、マーチスを加えた三強の戦い。68年のクラシック戦線は3頭が雌雄を決する舞台として長く語り継がれている。ただし、タケシバオーの怪物伝説を記すとき、三強時代は序章に過ぎない。怪物が本当の牙を剥くのは、もう少し先のことになるからだ。実際、皐月賞、日本ダービーの勝者の名前にタケシバオーの文字はない。トライアル戦も含めて彼はつねに2着に甘んじることになる。それはともかく、当時のファンは熱狂した。三強の戦いに惜しみない拍手を送った。

 最初の対決は弥生賞。レースは前半1000㍍が57秒7というハイペースに巻き込まれたタケシバオーがゴール前で失速、アサカオーに差され2着。マーチスは3着だった。続くスプリングステークスは、マーチスの末脚に屈して2着。3着はアサカオーの順でゴールした。

 そして、重馬場で行われた皐月賞。タケシバオーは、ここまでの2戦同様1番人気に支持された。しかし、立ち遅れて先頭集団に加わることができず6番手でレースを進めることになった。後方にアサカオーとマーチス。遅れを取り戻そうと、タケシバオーは向正面で2番手に進出、3コーナー手前では先頭に立った。ここから徐々に2頭も動き出し、ファンの目は3頭に注がれた。

 直線、追いすがるアサカオーは振り切ったが、前走のスプリングステークス同様、マーチスに差され、皐月の冠は彼の前を素通りした。

 七夕ダービー。東京競馬場の改修工事で、この年の日本ダービーは7月7日に行われた。

 一生で一度の晴れ舞台。ここで三強は“勝負の綾”で世代最強の称号を手にすることはできなかった。9番人気の伏兵タニノハローモアが大勝負にでた。単騎の大逃げ。離れた位置にタケシバオーとアサカオー。マーチスは、いつものように後方で満を持した。


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