今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語(62)

未来に語り継ぎたい名馬物語(62)
若武者と咲かせた菊の大輪
ナリタトップロードのひたむきさ
文 = 河村清明

今月の立ち読み

デビュー6年目の渡辺薫彦騎手とクラシックを戦ったナリタトップロード。
“三強”の中で唯一GⅠタイトルを獲得できなかった春を乗り越え、
菊花賞を制した人馬の歩みを中心に、彼の愛された競走馬生活を振り返ろう。


 あの日、1999(平成11)年の日本ダービー当日、大激戦となったゴールシーンを見届けたあと、勝敗を隔てるわずかな差について、しばらく考え続けた。それから私は腰を上げて、スタンド上階から検量室へ下りていった。GⅠのあとはどうしても、引き上げて来た人馬を見たくなる。それぞれの表情や様子を心に収めてようやく、大切な1戦はフィナーレを迎える気がしてならない。

 邪魔にならぬよう、検量室を背にして立ったのだ。だから、背後の窓ガラスを覗き込んだのは、ごくごく自然の成り行きだった。

 2着に敗れた渡辺薫彦がそこにいた。激しい嗚咽を止められない姿に、この目を離せなくなった。

 ――無理もないか……。

 思ったのはきっと私だけではない。

 最後の直線ではまず、3番人気のテイエムオペラオーが先頭に立った。直後に外から、ねじ伏せるように交わしたのが渡辺騎乗のナリタトップロードだった。皐月賞馬を徹底マークした騎乗に非の打ち所はなかった。

 よし! 本人は思ったはずなのだ。

 だが“真の刺客”は、実はまだ背後にいた。皐月賞で6着に敗れながら、この日も単勝3.9倍、トップロードと同等の支持を受けたアドマイヤベガだ。4コーナーではまだ後方、実に14番手から、サンデー系ならではの切れを示して、猛然と前に迫った。そしてゴールのまさに寸前、トップロードを交わし去ったのだ。鞍上の武豊は、このクビ差での勝利で、前年のスペシャルウィークに続くダービー連覇を達成した。それは史上初の快挙だった。

 名手が名手らしい輝きを放った一方で、デビュー6年目を迎えた渡辺の、技量や経験不足を不安視する声はクラシックの前から多かった。所属する沖芳夫厩舎の馬を中心に前年は19勝、この年のきさらぎ賞をトップロードで制したのが重賞初制覇だった。GⅠでの出走経験も96年の皐月賞、NHKマイルCがあるに過ぎず、とりわけ後者では暴走気味のハイラップを踏んで惨敗していた。

 ――渡辺で本当に大丈夫なのか?

 そんな声と共に、向かい風は常に強かった。それでも、誰もが認める好漢は前を向く姿勢を忘れず、自らを奮い立たせるように公言したものだ。「強い馬はいますけど、馬との信頼関係では絶対負けません」と。

 皐月賞ではオペラオーに差され、3着に敗れた。それでもの1番人気なのだから“何としても”の思いは強かった。これが初のダービー、ただでさえの重圧の中、見せた騎乗は繰り返すが満点だった。しかし、最後の最後に交わされてしまった……。

 悔しさに打ち震えて、渡辺の嗚咽は止まらなかった。なおも見つめながら、私は思ったものだ。

 めったに流せる涙じゃない、と。

涙の重賞初勝利を飾るも
高まる周囲からの重圧

 96年春、トップロードは北海道門別の佐々木牧場に生まれた。父のサッカーボーイは88年のマイルチャンピオンシップを勝ち、芝の中距離で力を示した。「種付けの頃、産駒がちょうど走っていたので選びました」と牧場の3代目、佐々木孝の回顧が残っている。

 一方の母フローラルマジックは、90年に輸入された外国馬だ。米三冠馬にして2年連続の年度代表馬に輝いたアファームドを父に持つ。来日後は全日本3歳優駿を勝ったホウシュウサルーン、若葉Sを勝ったグリーンプレゼンスらを産んだ。トップロードは6番仔に当たる。余談ながら、姉ペイパーレインものちに輸入され、有馬記念馬のマツリダゴッホを産んだ。同馬をキーンランドで落札した岡田スタッド代表の岡田牧雄は「ナリタトップロードの菊花賞のあとでした。それで競ってみたんです。アンダービッター(最後まで競り合った相手)も日本のバイヤーでしたね」と当時を振り返った。

 トップロードの通算成績は30戦8勝、2着6回、3着8回。2歳12月からの丸4年間、強豪と相まみえながら、実に7度の重賞制覇を成し遂げた。この戦績は、同馬の競走能力の高さを端的に示している。ただ、ファンの胸にとりわけの深い印象を残したのはクラシックにおける戦いであり、そのため本稿も3歳時を中心に書き進めていく。

 デビュー戦は98年12月5日の阪神、芝2000㍍の新馬だった。1番人気ながら2着に敗れため、当時は同開催であれば出走できた“折り返しの新馬”にて初勝利をあげた。だが、この頃は道中で掛かり、よく口を切った。そのため沖は、続く福寿草特別に臨む際、「折り合い重視で」と渡辺に指示を出した。結果として、先行馬を捕まえきれず3着に敗れたものの、これ以降、折り合いには苦労しなくなったという。高い学習能力がトップロードの持ち味だった。

 また、頭をクッと下げ、四肢をしっかり伸ばすフォームが美しかった。馬体を覆う深みある栗毛も目を引いた。そうした特徴もまた、同馬の人気を押し上げる要因となった。

 2月のきさらぎ賞が重賞初挑戦だった。1番人気エイシンキャメロンとの競り合いを制して、人馬共に、これが初の重賞制覇となった。

 レース後には大粒の涙を流す関係者の姿があった。調教師の沖だ。「渡辺が勝ったことが嬉しい」と心中を素直に吐露した。父親が厩舎所属の厩務員であった縁から、沖は渡辺を初めての弟子に取ったのだ。デビューから早6年目、遂に手にした重賞の重みは、弟子よりも師匠にこそ重く感じられたのだろう。

 だが、ここから先は沖にも“渡辺を乗せ続けるのか?”と周囲から重圧が掛かり始める。それでも一貫して渡辺に任せたのは、“トップロードとの戦いを糧に一人前になってほしい”の思いが強かったからだ。“ナリタ・オースミ”の冠名で有名なオーナー山路秀則も何も言わなかった。その恩情を沖は深く感謝した。


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