今月の立ち読み

無敗の三冠馬 コントレイル

無敗の三冠馬
負けを知らない馬の"本気"
コントレイル
文 = 石田敏徳

今月の立ち読み

1984年シンボリルドルフ、自身の父である2005年ディープインパクトに続き、無敗で三冠を達成したコントレイル。伝統と格式を重んじるホースマンが送り出した史上3頭目の無傷の三冠馬。偉業達成の道筋を振り返る。


 父の背中越しに競馬を観始めた数十年前、覚えたての馬柱で無敗の馬を見つけると、クラスの高低を問わずにその馬を応援していた記憶がある。いつまでも、どこまでも、勝ち続ける馬を見てみたい──。小学生の頃に抱いた素朴な願望は、本命馬の不安材料を躍起に探して穴馬券を買い漁るようになった今でも、心の片隅に持ち続けている。一度も負けない馬への憧れとリスペクト。それは競馬を愛する人に共通する心情だろう。

 父仔2代の無傷三冠制覇という空前の偉業をかけて菊花賞に挑むコントレイルは、そんな私の目に“重箱の隅さえもつつきようがない”存在と映った。3000㍍の距離が未知の領域であることは確かでも、絶対能力が違いすぎる。これまでと同様、三冠の最終関門も涼しい顔でクリアして、次のステップへ進んでいくものと思っていた。

 だから最後の直線、アリストテレスと熾烈な追い比べを繰り広げた場面では思わず声なき声が出た。え、嘘でしょ、この馬がここで負けちゃうの? 無傷の三冠制覇を応援する気持ちより、驚きのほうが優っていた。それぐらい、接戦になったこと自体が予想外だったのだ。

 しかしコントレイルは勝ち切った。胸を撫で下ろした私は場内から沸きあがった拍手を耳に、検量室の取材へ向かおうとした。そのとき、矢作芳人調教師の姿が遠目に見えた。彼は不思議な表情を浮かべていた。三冠の栄誉に輝いたばかりのトレーナーは、どこか呆然としているように思えた。

適性外の距離を目指す上でも
特別なことはしなかった

 日本の競馬にクラシックのレース体系が整備された1939年以降、「無傷の三冠制覇」をかけて菊花賞に挑んだ馬はコントレイルが4頭目になる。過去の3頭のうち、84年のシンボリルドルフ、2005年のディープインパクトは負け知らずのまま、三冠の頂に君臨。対して唯一、涙を呑んだのが92年のミホノブルボン(2着)である。「スピードは天性の才能。しかしスタミナは後天的な努力で補える」という信念を持つ戸山為夫調教師が、明らかにマイラータイプといえた快足馬に距離の壁を乗り越えさせるため、ハードな調教を課して鍛え上げたエピソードはよく知られている。

 当時、菅谷禎高厩舎で持ち乗りの調教助手を務めていた矢作芳人調教師は、担当馬のランディーバーンをその菊花賞に出走させていた。戸山調教師の持論に触発された彼は、坂路調教の本数を増やす自分なりの“特訓”を積んでレースに臨んだものの、結果は14着。その後、同馬は屈腱炎を発症し、引退に追い込まれた苦い経験を持つ。

 コントレイルにとって3000㍍の菊花賞が「ベストの舞台ではない」ことは、矢作調教師をはじめ、陣営に共通する認識だった。ただ今回、適性外の長丁場を目指すにあたり、特別なメニューを組むことはなかったという。

「これまで、距離を意識する余り普段のやり方を変える調教をして、あまりいいことはなかった。馬に申し訳ないことをしたと悔やんだケースも多々あります。それにこの馬は負けていないわけです。調教の中身は馬の成長にあわせてブラッシュアップしていく必要はありますが、負けていないんだから幹の部分を変える必要はない。そう思えるようになったのは、自分が重ねてきた経験が大きかったですね」

 夏に放牧先の大山ヒルズ(鳥取県)を訪ねたとき、齋藤慎ゼネラルマネージャーも同様の話をしてくれた。無用な“力み”はなく、自然体で臨む。陣営のスタンスも一致していたわけだ。

 その大山ヒルズと連携して、春から継続的に取り組んできた「バランスよく走らせる」というテーマにも、矢作調教師は確かな手応えを感じていた。2歳時のコントレイルにはハミに頼って走る面があり、これは前輪駆動にたとえられる。しかし福永祐一騎手の指摘を受け、フォームの改善に取り組んだ結果、皐月賞からは後駆もしっかり使う四輪駆動の走りに変わってきた。人間の側が努力と工夫を重ねても、なかなか実を結ばないことも多いフォームの改善だが、トレーナー曰く、それができるのがコントレイル。賢くて呑み込みが早い馬は、もっと楽に、もっと速く走れる術を体得していった。

「3000㍍のレースを使うにあたって最も重要な折り合いをスムーズにするためには、坂路のかわりに平地の調教を増やすなどのやり方もあります。しかし調教内容云々ではなく、バランスを整える、バランスよく走らせることによって馬は折り合いがつくんだと、僕の考え方も変わってきました」


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