今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語(64)

未来に語り継ぎたい名馬物語(64)
メジロ復活への孝行娘
メジロドーベルと名門の奮励
文 = 斎藤 修

今月の立ち読み

メジロライアンの初年度産駒として2歳から4年連続でGⅠ制覇。
低迷していたメジログループに一筋の光明を見出したヒロインを、
彼女を取り巻く人々の姿とともに辿る。


 メジロの1987年生まれは黄金世代ともいえる活躍を見せた。91~93年には、ライアンが4歳で、パーマーが5歳で、マックイーンが6歳でそれぞれ宝塚記念を制するなど3頭でGⅠ合計7勝。また東京障害特別(春)、中山大障害(春)などを制したメジログッテンもいた。しかしメジロの活躍はその世代でぱたりと止まってしまった。

 マックイーンの引退レースとなった93年10月の京都大賞典以来、メジログループにとって3年2カ月ぶりの重賞制覇となったのが、メジロドーベルによる阪神3歳牝馬S(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)。それは63年のアサマフジによる東京杯(現・東京新聞杯)制覇にはじまる、メジログループのJRA重賞99勝目。さらに年末にはメジロブライトがラジオたんぱ杯3歳Sを制して記念すべき重賞100勝目。ドーベル、ブライトらの活躍によって、その父メジロライアンは、この年の新種牡馬ランキング1位に輝いた。

 純然たるオーナーブリーダーであるメジログループは生産馬を売りに出すこともなく、収入はレースで稼ぐ賞金と、自家生産種牡馬の種付料のみ。ゆえに所有馬の成績が牧場の経営状況に直結する。

 ただそれは悪いことばかりではない。マーケットブリーダーであれば、売りに出した馬が早い時期に結果を出さなければ評価を得ることは難しいが、自己所有として競馬をするのであれば馬の成長に合わせじっくり育てることができる。それゆえメジログループは、メジロアサマ、メジロティターン、メジロマックイーンによる天皇賞父仔3代制覇や、冒頭の宝塚記念など古馬の活躍が多い。

 ドーベル、ブライトによって達成された2歳時の重賞制覇は、伝統のメジロブランド“復活”であり、“新生”メジロの再出発でもあった。

 重賞タイトルから遠ざかったのは前述のとおり約3年だが、冒頭の活躍を見せた87年産の世代を最後に、重賞を勝てない世代のブランクはさらに長かった。その間、メジロ牧場はさまざまな試行錯誤があった。放牧地の牧草を変え、餌の配合も見直した。調教用馬場の直線を延長し、ウォーキングマシンを導入した。繁殖牝馬には運動不足解消のため昼夜放牧を取り入れるなど、さまざまに改革も行った。

 洞爺湖畔にあるメジロ牧場は雪が多く、雪解けの時期には狭い屋内馬場でしか調教ができないため、デビュー前には福島のトレセンを借りて調教を積むようにもなった。それがまさにドーベルの世代からだった。

マル外旋風 真っただ中に
日本古来の牝系の女王誕生

 メジロドーベルのデビューは96年の2歳7月。当時はまだ右回りだった新潟の牝馬限定新馬戦を快勝。変則日程だったこの年、中山で行われた新潟3歳Sは5着に敗れたものの、東京500万下のサフラン賞では直線で抜け出して勝利。続くオープンのいちょうSでは牡馬相手に2着に2馬身半差をつける完勝。阪神3歳牝馬Sに駒を進めた。

 当時注目されていたのは、初年度からブレイクしたサンデーサイレンスの産駒で、ドーベルの同期はその3世代目。さらに“マル外旋風”とも言われた外国産馬の活躍も目覚ましかった。当時クラシックには外国産馬の出走資格がなく、この年5月に第1回が行われたNHKマイルCは“マル外のダービー”とも言われ、フルゲート18頭中、外国産馬が14頭で、結果、上位8着までを独占。阪神3歳牝馬Sでも、93年ヒシアマゾン、94年ヤマニンパラダイスと外国産馬が連勝。95年のビワハイジは内国産ではあったものの、母が受胎した状態で輸入され日本で出産した、いわゆる“持込馬”だった。

 この96年の阪神3歳牝馬Sも出走10頭中4頭が外国産馬。単勝1.5倍の断然人気に支持されたのも外国産のシーキングザパールで、前走のデイリー杯3歳Sでは2着メジロブライトに5馬身差をつけ、2歳レコードで圧勝していた。ドーベルは2番人気でも単勝は5.8倍だった。


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