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今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語

「未来に語り継ぎたい名馬BEST100」の上位馬を1頭ずつ紹介する当連載の25回目はグラスワンダー。2歳時は4連勝でGⅠを制し最優秀2歳牡馬に選出される。3歳春は故障で戦線を離脱したが、その後、“グランプリ”を3勝するなど怪物ぶりを発揮した。
※年齢は新表記(満年齢)で統一しています。

 グラスワンダーがデビューしたのは、いまからちょうど20年前の97年。まだ20世紀だった当時、「マル外」の持つ意味はいまとは大きく異なっていた。若い読者には、まず当時の状況から説明しなくてはならない。

 71年に活馬の輸入が自由化されて以降、外国産馬は日本の馬産にとって脅威であった。開放を要求する諸外国と、それを拒む馬産地の綱引きは延々と続き、その戦況は混合競走、いわゆるマル混の数に現れていた。

 83年までは持込馬もマル混以外に出走できないという時代が続き、その時点では保護主義の勢いが勝っていたと言える。その後JRAは開放路線に転じ混合競走の数も年ごとに増えたが、それとてただ積極的、能動的な開放だったというわけではない。様々な事情の中で判断された、ぎりぎりの選択だった。

マル外旋風への拒絶の気持ちを
覆す大きな役割を果たした

 外国産馬はそれを購買し走らせる馬主にとってはもちろん味方だったが、それ以外の馬主や馬産地の人々にとっては、複雑な感情の対象であったと言えるだろう。それは競馬ファンにおいても同様のところがあり、どこか「外敵」というイメージがつきまとっていた。

 開放問題がまだ深刻なテーマだった時期に、反対派の立場から書かれたひとつの記事を筆者は覚えている。掲載された媒体や書き手は忘れてしまったのだが、その論旨はこうであった。競馬ファンは父母から子に受け継がれる血のロマンを欲している。いきなりやってくるなじみの無い外国産馬が大レースを勝ちまくるようになったら、生産者の不利益になるだけでなく、ファンの意欲をも削ぐ。だから開放は進めるべきではない、という記事だった。

 いまの時代にその論旨に賛同する者は少ないだろうし、そもそもこのような論点自体が存在しないはずだ。しかし当時、これは奇異な主張だったわけではなかった。開放を支持する者とて、無邪気にそれを支持していたわけではなく、日本競馬のレベルを上げるためには痛みを伴うこともやむを得ない、という立場だった。


(続きは、6月24日発売の『優駿』7月号でお読みください。)

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