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今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語

「未来に語り継ぎたい名馬BEST100」の上位馬を1頭ずつ紹介する当連載の第23回はミスターシービー。シンザン以来19年ぶりに誕生した、中央競馬史上3頭めの三冠馬であり、後方から一気にまくるという豪快なレースぶりから多くのファンに愛された名馬だ。

 23位か。まあ、しょうがないな、と思う。もう三十何年も前の話なのだ。
 ひとつ下の三冠馬シンボリルドルフと三度戦ってすべて完敗だった。
 種牡馬としても期待を裏切った。
 そのあと強い三冠馬が次々に現れた。
 あのスリリングで常識外れの追い込みも、ディープインパクトがスキップでもするように再現してしまった。
 しかしそれでも、と思う。ミスターシービーには血統のドラマときれいな容姿がある。あのときの感動を忘れない人々がいる。だから、あのころ――シービーの時代――の記憶を呼び戻し、ちょっとだけマニアックな昔話をしよう。

きちんと勝ちたかったひいらぎ賞で
まさかの2着に敗れてしまう

 話は1982年12月25日の中山競馬からはじめる。有馬記念前日の土曜日は、盛りだくさんの番組が組まれていた。
 この日一番の見どころは中山大障害で、テンポイントの弟キングスポイントが春秋連覇を達成した。天才ジャンパーによる圧巻の一人舞台だった。
 メインレースは準オープンのクリスマスステークス(2200m)だった。勝ったビンゴハイデンは皐月賞馬ビンゴガルーの弟、三冠戦線でミスターシービーと戦うビンゴカンタの叔父である。3着にはサクラスマイルの名前もある。5年後の有馬記念でかなしい事故に遭うサクラスターオーの母だ。
 最終レースには1600mオープンがあった。勝ったのは牝馬のタケノハッピー(2年前の有馬記念で大橋巨泉氏が本命にしていた)。2着はバリシニコフ、悲運のアメリカ産馬ギャラントダンサーの弟だ。皐月賞馬ハワイアンイメージ(6着)も出ていたが、問題は3着のホリスキーだった。1カ月前に菊花賞をレコード勝ちした馬が有馬記念前日のマイルのオープンに出走してきたのだ。パドックに飛び交った罵声が忘れられない。
 あの日のわたしのメインはミスターシービーが出るひいらぎ賞だった。現在のホープフルステークスに相当する2勝クラスの特別で、コーネルランサーやカブラヤオー、プレストウコウ(2着ラッキールーラ)らが勝っている、クラシックをめざす関東馬の登竜門である。
 ミスターシービーはここまで2戦2勝。デビュー戦は3番手から4コーナーで先頭に立って逃げ切ったが、2戦めの黒松賞ではスタートで後手を踏んで、追い込んできわどく勝っていた。
 クラシックをめざすならば、ここではきちんと勝ちたいところだが、ふたたび出遅れてしまう。レースの流れは遅く、その最後方をミスターシービーは走っている。4コーナーを回り、直線で3番人気のウメノシンオーが先頭に立った。そこにミスターシービーが追い込んでくる。追って、追い詰めて、並びかけたところがゴールだった。首差届かなかった。
 まさかの2着。負けた悔しさはもちろん、レースぶりがショックだった。


(続きは、4月25日発売の『優駿』5月号でお読みください。)

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