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今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語

「未来に語り継ぎたい名馬BEST100」の上位馬を1頭ずつ紹介する当連載の21回目はライスシャワー。京都競馬場で3つの長距離GIを勝利、しかも名馬の“偉業”を阻止したことで強い印象を残した名ステイヤーだ。類まれな勝負根性は歴代屈指だろう。

 キーストン、テンポイント、サイレンススズカなど、競走中に落命した名馬はその悲劇性ゆえ、ことに強い印象を残すものだ。そのなかでもひときわ異彩を放っているのが1995年の宝塚記念のレース中に重傷を負って命を絶たれたライスシャワーである。

 92年の菊花賞と、天皇賞・春を93年と95年の二度制し、GI(級)競走を3勝したことは立派だが、その反面、凡走したレースも数多く、歴史的名馬と呼ばれる優駿たちに比べると成績の面で見劣りがすることは否めない。

 しかしライスシャワーは95年度のJRA賞特別賞を受賞し、翌96年には京都競馬場の敷地内に慰霊碑が建立された。またJRAが2000年に行ったファン投票企画『20世紀の名馬大投票』では、顕彰馬のメジロマックイーンやテイエムオペラオーらを抑えて11位にランキングされている。

 当時からこれを「過剰な評価」とし、その悲劇性が強調され過ぎだという声は少なくなかった。しかしライスシャワーは今も多くのファンに愛され、歴代の名馬に伍して語られ続けているのもまた確かである。ここでは彼が歩んだ時代の競馬シーンを振り返りながら、その人気のわけを改めて考えながら筆を進めることにしよう。

 ライスシャワーは89年3月、北海道登別市にあるユートピア牧場で誕生する。そこは、かつてクリフジ、クリノハナで二度の日本ダービー制覇を成し遂げた栗林友二が創業した名門牧場である(当主は栗林英雄)。

 父は英ダービー馬ロベルトの直仔、リアルシャダイ。社台ファームの代表であった吉田善哉の所有馬としてフランスで競走生活を送り、ドーヴィル大賞(GII)に優勝したほか、GIのジョッキークラブ賞(仏ダービー)を2着、サンクルー大賞を3着、凱旋門賞でも5着に入った実績を持つ。現役を引退して84年から日本で種牡馬入りすると、2世代目の産駒から桜花賞馬シャダイカグラを送り出して大きな注目を集めていた。


(続きは、2月25日発売の『優駿』3月号でお読みください。)

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