ページの先頭です

今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語

ファンの優しい気持ちに応え、
アイドルは懸命に走り続け、
結果を残していった。

 改めて、あの“熱狂の日々”は何だったのだろうか、と思う。

 1頭のサラブレッドが奏でた狂想曲。それは競馬の世界を軽々と飛び越えて日本中に響き渡り、社会現象にまでなった。

 ハイセイコーの時代。
 40数年前の出来事。

 いま、大半の読者はあの時代を知らないだろう。もしかしたら、年配の競馬ファンから「それはもう大騒ぎだったよ」という類の話を聞かされた人もいるかもしれない。

 たしかに地方競馬から中央へやって来たハイセイコーに驚くほど多くの人たちが声援を送った。マスコミもこぞって≪選ばれたエリートに挑む野武士≫などと囃したてた。

 一過性のお祭り騒ぎ、と言ってしまうのは簡単だが、あの熱狂の日々が競馬を取り巻く環境を大きく変化させたのも事実だ。それまで当たり前だと思っていた「競馬=ギャンブル」の枠を取り払い、誰もが楽しめるレジャーとして認知されるようになった。そして、他のスポーツ同様、純粋にヒーローを応援する気分を芽生えさせてくれた。

 ハイセイコーの時代。
 それは何よりも私たちが知らなかった競馬の楽しみ方を教えてくれた貴重な時代だった。

文字通り立錐の余地もない
中央初見参の弥生賞

 1972年7月。大井競馬場でハイセイコーは競走馬としての第一歩を踏み出した。

 デビュー前から関係者はその能力の高さを確信していた。新馬らしからぬ雄大な馬体も調教での走りも水準をはるかに超えていた。

 実際、初戦からハイセイコーは圧倒的なパフォーマンスを披露してくれた。まだ幼さを感じさせる走りだったが、終わってみれば従来のレコードを1秒近く上回るタイムで圧勝。その後も後続馬に大差をつけて勝ち星を重ね、晩秋を迎える頃にはスポーツ紙が「大井に怪物現れる」などと報道し始めた。


(続きは、11月25日発売の『優駿』12月号でお読みください。)

ページ上部へ