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今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語

 物流・運輸を手掛ける東江運輸株式会社の創業者である渡邊喜八郎氏の子息として生まれた渡邊隆氏が、父から継承したのは本業だけではなかった。

 渡邊喜八郎氏といえば、オークス馬トウコウエルザ、スプリンターズSをはじめ5つの重賞を制したノボルトウコウ、その弟で菊花賞を制したプレストウコウらを所有した昭和を代表する馬主である。のみならず、馬を売る目的の牧場を営んではいない個人馬主が、海外で外国産馬を購入することはあまりなかった90年、仏国のドーヴィルで開催された1歳市場に足を運び、当時欧州最高の種牡馬と言われたサドラーズウェルズの牡馬を市場最高値の650万フラン(約1億5千万円)で購入。仏国の名調教師アンドレ・ファーブルの厩舎に預けて走らせるという、敢えて昭和の言葉を使えば“ハイカラ”な感覚を持った馬主さんだった。

 学生時代はサッカーに没頭した渡邊隆氏だったが、社会人となった後は、本業以外に注ぐ情熱の全てを競馬にぶつけ、ことに血統に関してはプロも舌を巻くほど深い造詣を持つほどになった。なにしろ、趣味は何かと問われれば「カタログを読むこと」と答えるのが渡邊隆氏なのだ。競馬の世界では、せり市場の上場馬名簿のことを“カタログ”と呼ぶ習わしがある。業者が売らんとする商品の見本が並んでいるのが一般的なカタログで、売りに出ている馬たちの情報が掲載されている名簿をカタログと呼んでもおかしくはないのだが、競馬関係者以外の方が上場馬名簿をカタログと称して手渡されると、それは相当に違和感のある代物だろうと思う。商品を紹介した綺麗なカラー写真は1点もなく、掲載されているのは、上場馬の3代配合表と牝系図のみ。ページは、馬名、競走名、競走成績ばかりで埋め尽くされており、競馬をご存知ない方には何が書かれているのか判読できない文言の羅列が、上場馬の数だけ綴じ込まれているのが競馬のカタログである。規模の大きな市場になると5千頭を超えることもある上場馬の血統を、どんな配合を持つ馬が成功しているのか、どんな血脈が流行りつつあり廃れつつあるのか、1頭ずつ丹念に精査する時間が、渡邊隆氏にとっては至福の時であった。


(続きは、11月25日発売の『優駿』12月号でお読みください。)

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