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今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語

 未来に語り継ぎたい名馬、というテーマで行われた今回の投票で、ナリタブライアンは6位に入った。前回、5年前の投票では3位なので、3つ下がった。

 妥当だ。残念だけど仕方ない。自身より古い馬でこれより上位はオグリキャップだけなのだから、十分に高い評価だ。いやそんなことはない、もっと上にいるべき馬だ。感想は人によってさまざまだろうし、さまざまなのは正しい姿だ。

 でも、たぶん本当に重要なものは「さまざま」とは逆の、「偏り」の中にある。

 結果は、投票者の世代別でも集計されている。ナリタブライアンはほぼすべての世代で総合結果と同じ6位だったが、唯一、突出して順位の高い世代があった。

 40代の4位だ。

 実際の投票はほぼ2014年いっぱいで行われている。その時点での40代ということは、つまりこういうことになる。

 94年、ナリタブライアンが三冠を制したあの年。彼らは20歳から29歳だった。ちょうど人生における「20代」を生きていたのだ。じつは僕自身もそうだった。

 それは10代の感受性と、人生と競馬を重ねて見る程度には形になった社会性が、危うく同居する年齢だった。自分の金を手にするようになり、それを純粋に自分の信じるものに、残らず賭けることがまだできた。誰にだってそんな時期はあり、そしてそんな時期に体験した94年のナリタブライアンの強さは、彼らの──僕たちの中にくっきりと刻み込まれた。まるで郵便物に、それが投函された場所を示したスタンプが捺されるように。

 速い馬や能力の高い馬、感動させられた馬、魅力的な物語を提供してくれた馬は他にもいる。でもいちばん強い馬、最強馬はと訊かれれば、だから僕たち40代はナリタブライアンの名を挙げるのだ。

 とはいえ、もちろん今となれば、客観的に見て「あまり評価できないな」という人の言い分にも、一定の理解は示せる。なぜなら僕たちは、もう40代なのだ。

 まず、戦績がパーフェクトとはほど遠かった。21戦12勝、9回も負けていて、しかも4着以下が5回。7頭いる三冠馬の中では最も平凡に映る。シンザンやシンボリルドルフ、ディープインパクトにはどうしても見劣る。あの奔放さの塊のようなオルフェーヴルだって、4着以下に敗れたことはじつは2回しかなかった。

 ライバルにも恵まれなかった。いや、正確には同世代の遅咲き馬サクラローレルや1歳下のマヤノトップガンと、鎬を削りはした。でもそれはみんな5歳以降の話だ。4歳春に股関節炎を患い、そこからやっとターフに戻り、苦しみながら走っていた「第二章」でのことだった。

 この股関節炎以降の姿と、三冠を含むそれ以前の強さのギャップは、後世におけるナリタブライアンのトータルでの印象を、どこか曖昧にしてしまっている。

 ちなみに、94年にナリタブライアンが三冠で負かした馬の中で、後にGIを勝ったのはオフサイドトラップだけ、それも4年後のことだった。ほら、三冠馬になれたのは相手が弱かったからだろう。そんな言い方をされても、だから僕たちは声高には反論しない。しないけれど、胸の内では変わらず確信しているのだ。

 違う。そんなことない。94年のナリタブライアンこそが、最強馬なんだと。


(続きは、7月25日発売の『優駿』8月号でお読みください。)

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