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今月の立ち読み

未来に語り継ぎたい名馬物語

 生涯成績は16戦9勝。2着1回。着外6回。クラシックは日本ダービーのみの出走で9着と完敗。そして何よりもGIの勲章は宝塚記念1つ。

 この記録だけをみれば、サイレンススズカは名馬のカテゴリーには入るだろうが、「未来に語り継ぎたい」名馬の上位(5位)にランクされるのは不思議だと思う人もいるだろう。

 しかし、いまでもスズカは多くのファンに愛され続けている。そして、その思い出は語り継がれている。

 記録だけでは計り知れない彼の魅力とは何だったのだろう。

 あえて記す必要もないだろうが、他の追随を許さない絶対的なスピード能力。さらに、突然であまりにも哀しすぎる幕引き――。

 だが、これだけでは説明できない。卓越した能力と非業の最期。過去にも、そんな名馬は存在したのだから。

 では、なぜ?

 あくまでも私見だが、スズカは競馬の楽しさ、面白さを私たちに教えてくれた。

 勝負ごとには欠かせない“駆け引き”を一切無視し、天賦の才能だけでスタートからフィニッシュまで先頭で走り抜ける痛快さに、これまで経験したことのないような興奮を覚えた。

 スズカにとって致命的だった精神面での幼さが消え、心身ともに本格化した4歳、私たちは彼の出走するレースを待ち望んだ。馬券を離れ、そのワンマンショーを心の底から楽しんだ。

 そんなレース、スズカにとって15戦目の「毎日王冠」でのファンの熱狂ぶりから物語をはじめることにしよう。

13万人以上の歓声が渦巻いた 98年毎日王冠のワンマンショー

 その日、秋晴れの東京競馬場には13万人を超える観衆が詰めかけ、メインレースのゲートが開く瞬間を祭りの参加者に似た気分で待ち焦がれていた。

 1998年10月11日。第49回 毎日王冠。3週間後に行われる天皇賞・秋のステップレースとして毎年注目を集めるレースだが、この年の盛り上がりは“異常”だった。

 デビュー以来負け知らずの3歳外国産馬グラスワンダーとエルコンドルパサーの参戦。そして、1歳年上のサイレンススズカが彼らを迎え撃つ。

 いや、こう記してしまうと語弊がある。単勝人気はグラスワンダーが3.7倍、エルコンドルパサーは5.3倍だったのに対して、スズカは1.4倍。

 迎え撃つというよりも若き実力馬に胸を貸す、といったほうがいいだろう。

 いずれにしても、ほとんどのファンは前走の宝塚記念で念願のGIを制したスズカの雄姿を久しぶりに見ることができる喜びと、彼の想像を超えた走りに喝采を送りたい。こんな気持ちを抱いて競馬場へ足を運んだ。

 レース前、管理する橋田満調教師はテレビ局の取材に対して定石通り、スズカの調子や意気込みなどを淡々と語り、最後に次のようなコメントを残していた。

 とにかく競馬場へ来てください。

 のちに橋田氏から、この言葉の意味を教えてもらった。

「みなさんに楽しいショーをお見せしますから、ぜひ来て、観て欲しい。そんな気持ちだったのです。ある解説者が勝ち負けには触れなかった僕のコメントを珍しいと紹介したそうですよ」

 戦前、世代を超えた最強馬対決とマスコミは大いにはやしたてたが、ファン同様、スズカを取り巻く関係者も勝敗に関しては冷静だった。勝つのは自分の馬。

 GIなみの熱狂の中で行われたレースは、スズカの“凄さ”だけを証明して終わった。いつものように先頭に立ち、非凡な能力でライバルを寄せ付けずにゴールを駆け抜ける。それは橋田氏の言うとおり本当に楽しいショーだった。

 彼が真っ先にゴールしたとき、歓声が競馬場内に渦巻き、やがて圧倒的なヒーローを称える拍手へと変わった。

 鞍上の武豊もGIレース以外では珍しいウイニングランでそれに応えた。

「13万人以上のお客さんが来てくれて、みんな喜んでくれた。武くんも感謝の気持ちで思わずウイニングランをやってしまったと言っていましたが、あれ、よかったですよね」

 橋田氏は懐かしそうに振り返った。

 スズカがどれほど多くのファンから愛されていたか、その一端は理解してもらえたと思う。

 そして、ここから「未来に語り継ぎたい」快速馬伝説は佳境に入っていく、と誰もが信じて疑わなかったのだが…。

 ここで時計の針を少しだけ巻き戻すことにしよう。


(続きは、6月25日発売の『優駿』7月号でお読みください。)

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