ページの先頭です

今月の立ち読み

優駿激闘譜

評価を高めていた名牝から
誕生した最高傑作

 ビワハイジは1995年の阪神3歳牝馬ステークス(GI、現在のジュベナイルフィリーズ)などを勝った名牝だが、繁殖入りしてからの活躍もめざましい。

 まずわれわれが母ビワハイジの名を耳に留めたのはアドマイヤジャパンだろう。ディープインパクトと同い年のアドマイヤジャパンは弥生賞や菊花賞でディープインパクトと接戦を繰り広げた。特に菊花賞は横山典弘騎手の絶妙のペース配分もあってディープインパクトの三冠が阻まれるかと見えたシーンもあった。GI勝ちはなかったが、ファンの記憶に強く残る馬だった。

 その2歳下のアドマイヤオーラはシンザン記念、弥生賞などを勝ってクラシック候補といわれ、ダービーでも3着に入った。これらの馬の活躍によって、繁殖牝馬ビワハイジの評価は高まり、2006年にスペシャルウィークとの間にブエナビスタが生まれたときも、周囲の見る目はほかの馬と違っていた。

「誕生したときから、ほかの馬とは一枚も二枚も上の期待をかけていた」

 牧場関係者のそんなコメントが残っている。

 故郷のノーザンファームで順調に成長したブエナビスタは、サンデーレーシングの持ち馬として2歳になると、栗東の松田博資厩舎に入った。

 松田調教師はアドマイヤジャパン、アドマイヤオーラという兄たちも手がけていたので、ビワハイジの産駒の個性はよく知り尽くしていた。しかし、ブエナビスタは、この血統を熟知する松田調教師でも、ときどきその経験則の範囲を超えるような走りっぷりを見せる馬に成長していく。


(続きは、3月25日発売の『優駿』4月号でお読みください)

ページ上部へ