機を見るに敏といえる
近親の活躍と同時期の母の輸入
1991年生まれのペイパーレインは北米で6勝をあげた牝馬である。ボールドルーラー系の父ベルボライドとアファームドを父に持つ母フローラルマジックという血統で、この字面だけを見れば、力のいるダートを得意とする馬に思われる。そのペイパーレインが日本に輸入されたのは、おそらく弟にナリタトップロードがいたからだろう。
テイエムオペラオー、アドマイヤベガと同期のナリタトップロードは菊花賞を勝ち、古馬になってもGIでの勝利こそなかったが、長く一線級で活躍した。ペイパーレインが輸入されたのは弟のナリタトップロードがクラシックをにぎわせた1999年のこと。機を見るに敏な輸入といえた。
購入したのは北海道静内町(現・新ひだか町)の岡田スタッドである。戦後すぐに開かれた歴史を持ち、現在は70頭ほどの繁殖牝馬がいる有数の生産牧場だが、その当時は、まだGIレースとは無縁だった。ペイパーレインの導入は、当然、ナリタトップロードに迫るような活躍馬を送り出して欲しいという期待を持ってのものだった。だから種牡馬には最上級の相手が選ばれた。当時の最上級の種牡馬となれば、それはサンデーサイレンスしかいない。最初の年とその2年後にサンデーサイレンスを種付けされたペイパーレインはともに牡馬を送り出す。しかし、最初のサンデーサイレンス産駒トーセンファイナルはJRAで1勝をあげただけにとどまった。牧場に失望はあったが、2003年に生まれた2頭目のサンデーサイレンス産駒を見ると、まだまだ捨てたものではないと岡田牧雄代表をはじめスタッフは見方を改めた。生まれた子どもは当歳のときから体のバランスがよく、筋肉の発達も申し分なかった。なにより目についたのはよい馬の条件である皮膚の薄さで、それはスタッフでさえ時に見とれてしまうほどだった。
順調に育成期間をすごした馬は、マツリダゴッホという印象的な名前を与えられ、高橋文枝オーナーの服色で美浦の国枝栄厩舎からデビューすることになった。
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