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今月の立ち読み

THE LEGEND OF HEROINES サラブレッド・ヒロイン列伝

トレードマークと言える
顔に星のような斑点

 ベガは異相の馬だった。顔の真ん中を通る白い流星。その中に点々と黒い斑点がある。6個。数えようによっては7個。流星の馬は珍しくないが、その白地にはっきりわかる大きな黒い斑点を置く馬はきわめて珍しい。その斑点は、銀河に浮かぶ星座を思わせた。

 それだけでも目立つ馬だったが、もうひとつ、ベガには外見上の特徴があった。それは前脚が極端に曲がっていたことだ。正面から馬を見ると、その脚の曲がり具合は、シロウトにもはっきり認めることができた。

 脚の曲がり自体は競走能力に決定的な影響を与えるわけではない。1970年代の快速馬、マルゼンスキーなども、前脚の外向がよく知られていた。しかし、脚が曲がっていると、強い調教を施すのがむずかしく、またレースに使っても故障をすることが多い。結局は十分に仕上がらなかったり、故障したりで、デビューしても早々と引退する馬が多かった。顔のほうはともかく、この脚を見て、のちにクラシックを獲得するような馬になると考えた人はほとんどいなかっただろう。

 ベガは早来(現在の安平町)の社台ファームの生産馬である。血統は父がトニービン、母がアンティックヴァリュー、母の父がノーザンダンサー。今から見れば輝くような名血だが、ベガの生まれた1990年当時はそれほど高い評価を受けていたわけではなかった。というのは、父のトニービンの種牡馬としての評価が定まっていなかったのだ。ベガはトニービンのファーストクロップだった。

 トニービンは凱旋門賞の勝ち馬である。凱旋門賞は最初の挑戦で2着したこともある。イタリアでは5つのGIを勝つなど大活躍した。凱旋門賞を勝った1988年にはジャパンCにも出走した。日本になじみの馬ではあるが、大成功する種牡馬もいれば目立たぬままに終わる馬もいるグレイソヴリン系で、海外で供用されずにいきなり日本で供用されたことなどで、評価ははっきりしていなかった。

 母方もノーザンダンサーが母の父であることを除けば、グレードレースの勝ち馬をつぎつぎに送り出してきたような血統ではなく、比較的地味な血統といえた。

 そこに前脚が曲がっているという不安要素が加わった。社台ファームの生産馬は、有力オーナーに買われたり、グループ馬主の所有になったりすることが多いが、どちらでもなく、社台グループの吉田和子オーナーの所有になったのは、そうした不安要素があったからと推測される。

「10年前なら競走馬としてはデビューできなかったでしょう」

 のちに、社台ファームの関係者のひとりはベガについてそう語っている。その馬がなんとかデビューにまでこぎつけることができたのは、育成や調教技術の進歩抜きには考えられない。脚部に現れた不安な兆候をすばやく見つけて対応する診断技術、坂路など多彩なコースを使って、できるだけ負担をかけずに馬の成長を促す牧場の設備。そうしたものがベガを競走馬に成長させた。


(続きは、3月25日発売の『優駿4月号』でお読みください)

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