芝のレースにも徐々に対応し、
ついにGI の頂へ到達
イナリワンは美浦の鈴木清厩舎の所属になり中央での歩みをはじめた。中央デビューはまだ寒い2月の京都だった。オープン特別のすばるステークス、芝2000mである。小島太騎手が騎乗するイナリワンは9頭立ての2番人気に推された。オープンとはいっても、GI 戦線で活躍するような馬はおらず、手薄なメンバーの割りに地方のチャンピオンの評価は低いようにも思えたが、デビュー以来一度も芝のレースを走ったことのない馬だけに、やむをえない人気だったかもしれない。
レースがはじまると、ファンの評価は冷静で的確だったことがはっきりする。2カ月ぶりのレース、それもはじめての競馬場、見える景色も空気もまったく違う。なにより足下の感触が違っていた。芝コースに戸惑ったように、イナリワンは最初から入れ込んで小島騎手をてこずらせた。4番手から3番手、直線を向いて2番手にまで進出したが、いざ追い出してみると、東京大賞典で見せたような直線の切れはまったく見られなかった。デビュー戦は4着に終わった。
小島太騎手は「はじめての芝と道悪で条件が厳しかった。まだあきらめてはいないよ」と強気にいったが、この日のレースを見る限り、次走に期待が持てるかどうかは微妙だった。
イナリワンの春の目標は天皇賞・春である。南関東で2600mと3000mの大レースを勝った馬だけに、スタミナのあることははっきりしていた。秋の一連のレースよりもチャンスは大きいともいえる。天皇賞の前に、なんとか手応えをつかみ取っておきたい。陣営は2戦目に3000mの阪神大賞典を選んだ。
ひと叩きした上に、距離適性もありそうだということで、イナリワンは2番人気に推された。今度は折り合いもつき、末脚を活かすために後方に控えてレースを進めたが、コーナーの多い阪神コースの3000mでは、コーナーごとに置かれる感じになり、直線での不利も重なって5着に敗れる。
天皇賞・春はイナリワンの真価を問われるレースになった。ここで敗れれば、ダートの王者も芝ではただの上級馬ということになってしまう。陣営はかならずしも芝適性がないとは考えていなかったが、それもレースで証明しなければ、ただの夢想でしかない。
天皇賞は武豊騎手が騎乗することになった。デビュー3年目。前の年、スーパークリークで菊花賞を制し、日の出の勢いで勝ち星を積み重ねている。本来なら、このレースもスーパークリークで臨むはずだったが、体調が整わないため、騎乗馬がいなかったのだ。力強い味方を得て、陣営の意気はあがった。
ここにはスーパークリークだけでなく、前年有馬記念を勝ったオグリキャップも出ていなかった。本命、対抗になりそうな5歳の2頭が回避したことで、レースは軸になる馬のいない混戦になった。
ダイヤモンドステークスなどを勝っているスルーオダイナが1番人気、勝ち味に遅いものの常に上位に健闘するランニングフリーが2番人気に推されたが、ともに単勝は3倍台でファンの迷いがよく表れていた。イナリワンは単勝9.3倍の4番人気だった。中央入りしてからの2戦を見れば、やや過大評価にも思われたが、武騎手の人気も多分に影響していただろう。
しかし、その武騎手は不安を抱えながらスタートを待っていた。調教で乗ったときに、かかる感触があったし、中央入りしてからの2戦のビデオを見ても、道中でかかり気味になる場面がはっきり映っていた。長丁場で、道中ペースの緩むことも珍しくない淀の3200mで引っかかっては勝機はない。
スタートしてしばらくすると下りがある。そこでスピードが乗り、直線でファンの大歓声に迎えられたら、制御が利かなくなるかもしれない。武騎手にとって、大レースでのはじめての試練ともいえた。
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