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今月の立ち読み

THE LEGEND OF HEROES サラブレッド・ヒーロー列伝

生まれは創業百年を
超える老舗牧場

 北海道・三石にある大塚牧場といえばオールドファンには馴染み深いはずだ。

 第1回の有馬記念(当時は中山グランプリといった)を始め、菊花賞、天皇賞を勝ったメイヂヒカリ。オークス馬のヤシマヒメ。牝馬ながらに宝塚記念を制したエイトクラウン。同じ宝塚記念で、あのオグリキャップを打ち負かしたオサイチジョージなど、明治20年代に始まった100年を超える歴史の中、幾多の名馬を競馬場に送り続けてきた。

 ヒシミラクルはこの大塚牧場に生まれた。1993年3月31日のことだった。

 母はシュンサクヨシコ(父シェイディハイツ)という。92年に生まれ、旧4歳時に3戦して未勝利に終わっている。その後、繁殖として牧場に戻ってきた。

 老舗に伝わる伝統だろう、大塚牧場には独自の生産理念があった。

 輸入の繁殖牝馬に頼り、手っ取り早く走る馬を出す……そうした流行りのやり方をかたくなに拒んだ。だから、牧場に代々続く在来系統を大切にした。シュンサクヨシコがその一頭だった。

 もう一つ、場主の大塚信太郎が、シュンサクヨシコについてこんな話を残している。

「ちょっと説明しにくいんだが、ともかく体形的に繁殖向きなんだよ」

 短く終わった競走生活は、裏を返せば、繁殖牝馬としての期待が高いからでもあった。

 コマンダーインチーフ、ラグビーボールに続き、3頭目の配合相手に選ばれたのがサッカーボーイである。

「コンスタントに走る産駒を出すわけではないが、ときどきポンと走る仔が出る。それで選んだんだ」

 信太郎はそんなふうに回想する。

 自身の持つ“切れるマイラー”とのイメージをくつがえし、サッカーボーイはスタミナ豊富な産駒を多く送り出してきた。菊花賞馬・ナリタトップロード、秋華賞馬・ティコティコタック、日経新春杯やアルゼンチン共和国杯を勝ったゴーゴーゼット、ダート交流重賞で活躍したキョウトシチーなどである。また、ヒシミラクルのあとには、ステイヤーズS、阪神大賞典を勝ったアイポッパーが続く。

 いざ育成が始まると、ヒシミラクルの走りは関係者の目を惹いた。歴史ある牧場のことだから、有力馬主とは広く付き合いがあった。しかし、一般に馬の能力を見極めづらいとされる芦毛が影響したのか、それともコンパクトな馬体が嫌われたのか、買い手は現れようとはしなかった。

 結局、日高軽種馬農業協同組合が主催する2歳トレーニングセールに上場された。01年5月14日のことだ。記録を調べると、セリ番号32番に「シュンサクヨシコ99」の名前が見える。公開調教でのタイムも目立たなかったが、それでも“ヒシ”の冠号でお馴染みの馬主・阿部雅一郎が手を上げた。落札価格は650万円(税別)だった。

 セールに同行した調教師・佐山優がこの馬を預かることになった。阿部‐佐山のコンビといえば、92年のきさらぎ賞など重賞を3勝したヒシマサル、95年のスプリンターズSを勝ったヒシアケボノが思い出される。

 そのヒシアケボノでスプリンターズSを制した角田晃一を背に、デビュー戦は同年8月の小倉開催で迎えた。7着だった。以降も1200m戦で着外を繰り返したが、その後、5戦目に臨んだ2000mでようやく5着に入り、ステイヤーとしての片鱗を見せている。初勝利までに10戦を要したのはすでに記したとおりである。

「もう少し距離が延びていいタイプなんじゃないですか」

 初戦のあと、角田のそんなコメントが残っている。ヒシミラクルがズブいタイプであることを伺わせる証拠の一つだろう。

 3歳5月に未勝利を脱出したあと、ヒシミラクルの走りは一気に安定した。500万条件を2着→1着でクリアすると、続く1000万条件をも3着→3着→1着で通過したのだ。

「2000m以上の距離では確実に動いてくれます」

 距離が延びるにつれ角田は手応えを感じていた。が、一方で、時おり見せるズブさに手を焼いたのも事実だ。

 勝ち上がった1000万下の一戦は、9月8日、阪神競馬場で行われた野分特別(芝2000m)だった。この勝利のあと、菊花賞を視野に入れ、佐山が権利取りに動き始めた。

 だが、迎えた神戸新聞杯では結果が出なかった。初めて味わうオープンの流れに付いていけず、後方から脚を伸ばしたものの、6着に押し上げるのが精一杯に終わったのだ。

 万事休す――。優先出走権を手にできず、菊花賞挑戦の夢はここでついえたかに思えた。ところが、強引とも思える一手に、続いて佐山は打って出たのだ。

 この年、2回目のクラシック登録は1月18日が締め切りだった。同じ頃、橈骨に出た骨膜を痛がり、放牧中のヒシミラクルについては、当然のようにクラシック登録は見送られた。

 1000万下の勝ち馬、つまり3勝馬が出走できる菊花賞のゲートは3つが残されていた。仮にヒシミラクルがエントリーすれば、その3枠を8頭が抽選で争うことになる。

 佐山は、オーナー・阿部の顔を思い浮かべた。

――好きにしたらいい。

 長い付き合いから、常にそうした態度で調教師に接してくれると知っていた。結局、200万もの追加登録料を阿部には黙って支払い、登録を済ませた。そして抽選に賭けたところ、8分の3の確率を見事にくぐり抜け、ヒシミラクルは菊花賞のゲートにたどり着いたのだ。

 佐山の意欲に、阿部の豪気に、どうやら大きな運が振り向きかけていた。


(続きは、11月25日発売の『優駿12月号』でお読みください)

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