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10年ひと昔

 

今日1月29日は、松田博資調教師、アパパネの母ソルティビッドの誕生日。 

 

どうも、Yamaです。

最近、取材に行く機会がめっきり減ってしまったため、

AozoやKonのような、撮り下ろしカット豊富なブログがなかなか書けなくて、

担当する金曜ブログも「今日は何の日」的なものに偏りがち。

 

昔はけっこう駆けずり回っていたのになあ...。

と感傷に浸りつつ、以前の自分はどんな仕事をしていたのか、

当時だったらどんなブログを書けたのかというまったくもって不毛な検証をすべく、

机の上に積み上げてある過去のマイ手帳から1冊取り出し、ページをめくってみると...。

 

今から10年前の2000年。

テイエムオペラオーが年間無敗を遂げ、

ハイセイコー、ミスターシービー、グリーングラスらが死亡、

内藤繁春調教師が騎手試験に挑戦した年。

 

2000年優駿7月号.jpg

2000年7月号

(表紙は、「河内の夢はどうだっ?」でおなじみのダービー馬アグネスフライト) 

 

 

手帳の書き込みによると、ミレニアムの年の私は、北海道、美浦トレセン、関西、海外など、

少なくとも22回、月2回ペースで取材に行っています(けっこうすごい!)。

 

頑張るお父さんの星・ミスタートウジンのノンフィクション取材で大阪、

有珠山噴火に見舞われた馬産地の現状リポートで洞爺湖周辺、

脱サラして牧場を拓いたミルファーム・清水さんの取材で浦河、

騎手のリハビリ最前線取材で美浦、

フサイチペガサスのケンタッキーダービー&ブリーダーズCでアメリカなどなど、

企画内容も多岐にわたっており、競馬マスコミ志望者には垂涎の出張ラインナップですよね。

 

ついでに、2000年の『優駿』に一通り目を通してみました。

懐かしさとともに、さらなるやる気が沸いてきて、

2010年も間もなくひと月が終わろうとしているタイミングながら、ここは一念発起。

 

他のスタッフを押しのけてでも、

今年は現場取材に立ち会うぞ! と決意したのでありました。

3月号以降をお楽しみに。

 

目下好評発売中の2月号は、

横山典弘騎手と内田博幸騎手の記事のトビラ写真が、

パネルにして飾りたいくらいかっこいいです。

22~23ページと26~27ページです。

ぜひ一度お手に取ってみて、ご確認ください。

【Yama】 

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