今年は「太宰治の生誕100年」にあたることもあり、
11月号の「ウマのハナムケ」では、それと絡めて「青森の馬」を取り上げています。
明日発売です。
「ふるさとは遠くにありて想ふもの そして悲しくうたふもの」といったのは室生犀星ですが、
遠くにありて想ふことの情緒も捨てがたい一方で、
現実的な事情を考えると、やはりふるさとは近くにあってほしいもの。
本州最北端に位置する我がふるさとは遠く、
先日、姪の結婚式に出席するため、高速道路を利用して帰省したところ、
渋滞込みで片道13時間かかりました。
途中、馬運車に遭遇。ちょっとうれしかったのは競馬ファンの性(さが)でしょうか。
さて、本題に戻って「青森の馬」といえば、
古くは、カネケヤキ(牝馬二冠馬、秋はシンザンとともに三冠をかけて菊花賞に駒を進め、大逃げを打ち5着)、
グリーングラス(菊花賞、天皇賞・春、有馬記念などを制しながら、TTG第三の馬)、
ビゼンニシキ(シンボリルドルフ唯一頭のライバル)などの記憶に残る名馬たちもいましたが、
タムロチェリー(阪神ジュベナイルフィリーズ優勝馬、英ダービー馬セクレトの国内最高傑作)、
マイネレーツェル(フィリーズレビュー優勝馬、切れ味抜群)など、
近年は重賞ウイナーも数えるほどになってしまったのは至極残念。
90年代にもイナズマタカオーやインターマイウェイ、ケイワンバイキングといった個性的な馬がいましたね。
若い方には信じられないかもしれませんが、
そんな青森からも日本ダービー馬は誕生しているんですよ。
何頭いると思いますか。
答えは7頭。
マツミドリ、ゴールデンウェーブ、オートキツ、ヒカルメイジ、ダイゴホマレ、コマツヒカリ、フェアーウイン。
そう、青森の馬産地にもかつては輝かしき栄光の時代があったのです。
故・大川慶次郎さんのお父上が開いたタイヘイ牧場、
グリーングラスほか多くの名馬を送り出した諏訪牧場などの老舗牧場とともに、
その一翼を担ってきた牧場に盛田牧場があります。
同牧場は、前述の兄弟ダービー馬、ヒカルメイジ、コマツヒカリ(母イサベリーン)の故郷であり、
曲家(まがりや)でも有名。
青森市街から車で1時間程度の立地にあることから、
地元に住む私の兄夫婦は、以前、牧場に併設されている乗馬倶楽部に通っていました。
その縁もあって、ある日、牧場から"戦利品"をお裾分けしていただく幸運に恵まれたそうなのです。
今回はその逸品を紹介させていただきます。
帰省したらありましたよ、馬主でも何でもない我が家に重賞勝ち馬へ贈られる優勝レイが。
これにはちょっとびっくり&感動。

実物。余談ながら左の本棚には、
父が購読している『月刊優駿』と『月刊食堂』が...。
となると、このレースの優勝馬について知りたくなるのが人情。
さっそく調べてみました。
手掛かりはレイに記された「1969」「第4回」「サンケイスポーツ賞」の3つ。
「サンケイスポーツ賞」がオークストライアルの「旧・サンスポ賞4歳牝馬特別」転じて「現・フローラS」を指すことは、
長年競馬に親しんでいる人なら誰でも気づくはず。
あとは「1969年」、今から40年前に行われた「第4回」サンスポ賞4歳牝馬特別の結果を確認するだけでした。
当時の『優駿』。
シャンデリーという名の馬でした。
もちろん盛田牧場の生産馬。
シャダイターキンに6馬身差をつける圧勝劇でオークストライアルを制すも、
本番のオークスでは、そのシャダイターキンの後塵を拝し、6着という成績でした。
私が生まれる前に行われていた中央競馬の確かな証が、40年の時を経て我が家にやってきたこと、
それとほぼ同じタイミングで、本誌が青森の馬をテーマとした記事を掲載したことに、
何ともいえない感慨深さを禁じ得ず、ここに記した次第です。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
最後に、青森ネタをひとつ。
近頃、青森といえば"美人すぎる市議"こと藤川ゆりさんの話題で盛り上がっていますが、
「藤川優里の いちご煮日記」という八戸のPR駅弁をご存じですか。
東京駅でも売っているようです。
Asaの机を見たら空箱が飾ってあったので、勝手にパチリ。
<お知らせ>
今週土曜日、東京競馬場に行くと"いいこと"があるみたいですよ。
http://www.jra.go.jp/news/200910/100201.html#4_2
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ではまた。
【Yama】

